12月です。
早い。
今年も、もう1か月。
こちらでは雪がちらほらと降り始めています。
私には実の祖父母の他に、育ての?おばあちゃんとおじいちゃんがいました。
血はつながっていないけどね、小さい頃に共働きの両親にかわって、日中私を見ててくれていた家族。
いました、というくらいだからもう7年前に亡くなっているのだけど。
大きくなってからも、私が遊びに行くことをとても喜んでいて、来てくれてありがたいありがたい、といつも言っていました。
80過ぎても元気なふたりだったけど、老いというものは誰にでもやってくるもので、いつからかふたりは寝たきりになり、ベッドの上で過ごすようになりました。
それでも遊びに行くと、おばあちゃんはやっぱり喜んでくれ、変わらず隣ではおじいちゃんが言葉少なにテレビを見ていました。
一日中、ずっと一緒に過ごしてふたりはなにを話していたのかな。
もしかしたら、会話なんてそんなになかったかもしれないけどね。
そんな中、おばあちゃんが急に具合が悪くなり、病院に運ばれて10日くらいで亡くなってしまいました。
今日お見舞いに行こうと言っていた矢先のこと。
悲しかった。
悲しくて悲しくて、いっぱい泣きました。
亡くなって、悲しい。
でもそれ以上に、おじいちゃんがこれからあの部屋で、おばあちゃんとずっとふたりでいたあの部屋で、一人で余生を過ごすことを考えると涙が止まらなかった。
おばあちゃんが亡くなってからも遊びに行くと、やっぱり部屋にはひとつのベッドがポツンと置かれ、おじいちゃんはテレビを見ていました。
おばあちゃんの話をすると、おじいちゃんは泣いてしまい、厳格で頑固だった影はどこにもありませんでした。
そしておばあちゃんがいなくなって3カ月後、おじいちゃんもおばあちゃんのところへいきました。
おばあちゃんが病院に運ばれた時、心配で心配で精神的なものが体にあらわれてしまったようです。
涙は出なかった。
寂しかったけど。
そんな仲睦まじく一生を全うしたふたりに自分たちを重ねるのは勘違いも甚だしいけど、
私がいなくなったあと、旦那が、ひとりここで暮らすことを思うともの悲しい。
母親に話したら、なにそれ、と一蹴されたから、きっとそれが一般論なんだと思う。
旦那なんてきっとあたしがいなくなってせいせいするわ、って思うかもしれないけど、私の思いはこれなんだ。
この気持ちをクリアしたい。
※この内容に関していろいろ賛否両論あると思いますが、読んでくれたみなさまの心に留めておいてくれると助かります。