毎日過去記事が表示され、
3年前には...4年前には...と
過去の自分の思考を振り返る。
このシステムは、
これからもずっと続くのかな?
それとも期間限定なのかな。
今日は5年前の記事。
この記事を読んで、
私が、いかに親目線で子どもの事象を見ていて、
実際は本当の意味で子どもの気持ちを
分かっていなかったのだなぁ...と反省の気持ち。
いや、このことだけの事ではなくて、
この頃のいろいろな記憶が呼び覚まされる...
そんな感じだ。
理屈や頭では分かっているつもりだから、
余計に子どもとの気持ちのすれ違いがあったな..
などと振り返る。
私の言っていることも、
理屈もそうは間違ってはいない。
だからこそ、
自分では正しいと思っていた...ということ。
そして、
子どもの気持ちに寄り添ってはいなかった...
今ではそう思うのだ。
そして、
そんな事が生活の中では常にあったのではないか..とね。
子どもの成長って、
実際に“子ども”と思われる期間が
小学校高学年から中学生1年生頃まであり、
その後一気に心も身体も変わり始める。
その成長は直線的ではなくて、
成長している部分とまだ未成熟の部分が混在していて、
でもそのデコボコした成長の様子は見つけにくくて。
私自身が未熟だったという事と、
子どもに対する私の思い込みもあったりね。
自分の子どもだから、
これくらいは分かっているだろう...とね。
大人になってしまった私は、
自分が子どもであったことをすっかり忘れてしまっていたし、
やらなくてはならないことも多くて、
子どもの気持ちを分からないことが多かったかな。
他人の子どもには気を使っても、
自分の子どもは分かっているつもりだった事が多かった。
そしてね、
もう6年生だから...
もう中学生だから...
みたいに子どもを捉えていた時期があったという事だ。
そこには、
親として、
自分の子どもがこれくらいのことが分かっているだろう..
と言う要望もあったのかもしれない。
たった2人の家族なのにね。
この5年の歳月にはいろいろなことがあり、
そして...
今はあの頃よりは、私も親として少しは進化したかなと
子どもの様子を見てホッとしている。
こう思えるのは、
この子だったから...
そう思えることも多くて、
この子と親子で良かった
と毎日思いながら生活している今は
とても不思議な気持ちだ。
親子で分かり合えるところまでやって来れて良かった。
そして子育てを心から楽しめる今に感謝している。
それはこの子がいたから。
そう思える今が嬉しい。