どんな人生でも | 自分を信じて進んでみたら...人生どうなるのかな

どんな人生でも、変えることのできない事実として

誰もが、たった一度きりの人生。
始まりがあれば、必ず終わりがあって、
じゃあ終わりがいつなのか?
なんて事を考えてみても分からないから、
まだまだずっと先のような気がしてしまうこともあるけれどもね。
 
でも、人生も折り返し点を過ぎ、
あと残りこれくらいかな?と想像してみると、
余りある程の時間はそんなには無いような気もしてくる。
残されている人生には、老いた後の部分の人生も含まれるわけだからね。
 
そして、
生き生きと暮らせるだろう部分をどう生きるかによって、
老いの部分の意識や生活も変わって来るのではないだろうか?
そんなふうにも思うこともあるのが事実だ。
 
老いた後にこんなはずではなかった...
そう自分の人生を悔やんでみても、
変えられる事は、更に少なくなっているような気がするのだ。
 
いつかは確実に終わりが来る人生なのだから、
今向かいたい道があるのならば、
その方向に向かって、試行錯誤を繰り返しながらも進んで行く...
そんなふうに生きて行きたいと思っている。
 
だから、後ろを振り返ることは、
私にとっては意味の無いことのように思えてくるのだ。
新しい道を見つけることも、そこに踏み出すことも、
若い時に比べたら躊躇するようになってしまうことも多いのだけれど、
それでもやらない後悔よりも、やった後悔の方がいい...
やっぱりそんなふうに思うから。
 
踏み出してみた後に後悔になるかどうかは、
実際に踏み出してみないと分からないわけだしね。
 
踏み出すことによって、見えなかったものが見えたり、
新しい経験となったり、新しい景色が見えたりする事は事実だから。
もちろん挫折する事だって、うまくいかない事だってあるのだろう。
だけれども、それらは次の経験の中で、
きっと自分の経験として活かされていく事だってあるわけだし、
私が人生を判断していく糧にもなりうる事だってあるのだろうから。
全てがそうならなくたって、それなりに感じる事はあるのだろう。
 
あんなに深い悲しみの底からここまで来たのだから、
もし、新しい道で困難に遭遇したとしても、
きっと乗り越えられるのじゃないか?
そんな自信もちょっとはあるかな。
 
そして、私の心の方向としては、
前に進んでいく勇気を失いたくないと思っているよ。
全てを含めて自分の人生なのだから、
自分が進んでいる道を、
ただ馬鹿みたいに信じて生きていきたいと思うのだ。
誰とも同じではない自分の人生を
自分自身で納得するためにね。
 
そして、
正々堂々と自分をさらけ出しながら生きていく中で、
本当の意味で心通わすことのできる人達と生きていきたいしね。
 
世の中には、自分を含め、
いろいろな考えの人や、価値観の人が生きているわけだから、
その中で、分かり合える人たちに出会える事は嬉しい出来事だし、
自分の人生が豊かになる事でもあると思っている。
もちろんそれは、いろいろな事を乗り越えつつ、
人生を諦めずに生きている人たちだ。
 
どんな人生だろうと、それが自分の人生なわけだから、
その人生で起こるネガティブなことに対して、
なぜ?と苦しみながら一通り考えた後は、
自分なりの妥協点、落とし所を見つけて、
新たな方向に舵を切って行きたいと思い続けて生きている。
それは、私の生き方としてね。
 
もちろん、人それぞれの生き方があるわけだから、
自分の人生を自分の思うように生きていく事でいいんじゃないかな。
人を裏切ったりすることなくね。
 
自分の人生がどんな人生だろうと、
自分なりの生き方を模索しながら、
自分に起こる全てを受け入れながら生きていきたいな。
 
その時々に出会う些細なことや、
素敵なことに気持ちを向けつつ、
毎日やってくる、しかし違う新しい1日を
噛み締めつつ、自分を見つめながらね。
 
毎日が人生。そしていつか終わる人生。
だから、これからも自分と対話を続けながら、
自分の人生を生きていきたいな。