子どもは家にいる時には、
ほとんどの時間をリビングのソファーの上で過ごしている。
今日は夕飯の後、子どもの部屋をちょっと覗くと、
光が外から差し込んでいた。
”あれ?今日はひょっとして満月?”
そんな風に思って子どもの部屋から空を見上げてみると、
やっぱり満月。
しばらく天気が悪かったから月の様子に気が付かなかった。
そして、今日は、
”満月だよ”
って、その光が知らせてくれているかのように、
月の光が差し込んで来ていたのだよ。
こんな時は、とってもラッキーな気持ちになる。
月の明かりは、なんだか心を落ち着かせる、
私にはそんな気がしているのだよ。
太陽の光が部屋に差し込むのも大好きだけれども、
月の光は、いつもの事ではないからね。
そして、もちろん太陽も大好きだけれども、
太陽の光は強すぎて、
ずっとは見つめていることができないから。
お月見と言う言葉があるくらい、
遠い昔から、多くの人に眺められてきているのだろうけど、
みんな、どんな思いで月を眺めてきたのだろう。
私は、月を眺めている時は、
悲しい気持ちの時はないかもしれない。
ん・・・思い当たらない、忘れてしまったのかな。
でも、心に少し余裕がないと月の存在が
目に入らないのかもしれないな。
子どもと2人で住むようになって、
今まで以上にいろいろな事を楽しめるようになったかな。
今までだって、月や星、季節や空、
たくさん楽しんでいたはずなのだけれども、
なんかもっと、心に浸み込んでくるというか、
ただ眺めるというよりは、
自然ともう少し一体感があるというか、
なんだか生かされているんだなぁ…と思ったりしてね。
ははははっ。
歳を重ねてそう思うのか、心が解放されてそう思うのか、
本当のところは分からない。
でも、楽しめると言う事には満足しているかな。
月や星を一緒に眺めていた子ども、
最近ではめっきり一緒に眺めることもなくなったな。
子どもは子どもの世界を生き、
私は私の世界観の中で生きる。
それが健全のような気がしているから、
それはそれでいいことなのだろう。
私が月を見ている間、
思春期少年が何をしているかと言えば、
ユーチューブを見て、ひたすら笑っている。
なんにしたって、
その笑っている子どもの姿を見るのは、
親として嬉しいけれどもね。
人生何を見ても笑えない時だってあるわけだから。