晴のつれづれエッセイ。
今日もいつものように変わらずいろんなことを考えている。
今日も雨で、遅い時間に目が覚めた。
もう何日雨続きかな。
わりと疲れてきたな、早くお日様をみたいな。
でも、
最近は雨の過ごし方もうまくなって、
部屋をきれいな状態にして、好きな音楽をかけて、カフェにいるような気分にしてみて一日過ごす。
フェイスブック見てたら、今日のイベントが中止になったという仲間の投稿があちこちにあって、
工房やお店で代わりに販売するという記事がいくつもあった。
そこで、東別院にいつも出店されているharuパンさんのベーグルと、岩倉の「ほしのこ食堂」さんのお菓子を買うことにした。
ほしのこ食堂さんは、歩いていけるほどの極上の至近距離で、お買い物をしてその足で選挙に行った。
温かい紅茶をいれて、レモンアイシングが効いた素敵なクッキーをいただいた。おいしかった。
haruパンさんのベーグルは、冷凍してあるので送ってもらうことにした。彼女は送料を気にして東別院で渡すよ、と言ってくれた。
最初はそれもいいかな、と思った。
でも、
パンを一度にたくさん食べられない体質だし、東別院が終わって家に帰ると夕方だから、きっとベーグルは解凍されてしまうだろうと思った。
だったら、冷凍しておいて、楽しみに時間を空けながら一個ずつ食べた方が体にも心にもいい。
なにより、私はharuパンさんがとても好きなのだ。屈託のない笑顔で、ひょうひょうとしていて、そして優しい。いつもかわいい服を着ていて、似合っている。声のかけ方や気の使い方がとても優しい、haruパンさんらしいなあって思う。すごく素敵な優しい人なのだ。
だから、彼女の作ったパンを大事に食べたいなあって思った。その方が自分の気持ちにも合ってる。
ということで、宅急便で届くのを楽しみに待っている。
そこで、送料について考えてみた。
私のお菓子を送る時も送料とクール便代金をいただいていて、金額としては小さくない。できるだけ小さいサイズの箱を選んでいるが、やはり送料はかかる。
送料が無料というのがスタンダードあるいは、送料は安い方がいい、もったいない、という考えかたがあるかもしれない。
だけど、送料は運んでくれる人への感謝の代金であるかもしれないし、車や電車やバスを使ってイベント会場へ行くときの、「お菓子を買いに行く時の交通費」と同じかもしれない。
今日は雨、会場には行けない。例えば往復金額と同等くらいの送料で、会いたかった人のお菓子やパンや商品が買える。その人と直接会えなかったけど今日もつながることができた、マルシェに行っている時と、もしかしたら同じ感覚や状態かもしれない。
あの、好きなお菓子を買って、お店の人と話して、非日常的な楽しさを味わってこころが豊かになる感じは、きっと宅急便が届いたときも同じように感じるだろう。
送料は、もしかしたらもったいないものではないかもしれない。
車に乗って行く時のわくわく、地下鉄から降りて会場へ行くまでのドキドキとはやる気持ち、ときめき、きょうは宅急便が来る!というちょっといい楽しみがあること。
それはどれも、もしかしたらイコールではないだろうか。
お金を出してでも会いたい人、
お金を出してでも買いたい作品、
お金を出してでも行きたいライブ、
お金を出してでも食べたいお菓子
そこにそれ以上のいろんな暖かなきもち、愛情、喜び、豊かさがあることを想像しながら、
私のお菓子もそうでありたい。
深いことと強いことと優しいことは似ている。