月やあらぬ 春やむかしの春ならぬ | ひだまり 日常生活

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〽月やあらぬ 春やむかしの 春ならぬ
我身ひとつは もとの身にして

(伊勢物語 四段・古今集一五、七四七)

「よろづ こぞ(去年)に似るべくもあらず 覚ゆるまゝに、さては月やこぞの月にはあらぬとおもへば、こぞ見しまゝの おぼろ月夜なり。春やこぞの春ならぬとおもへば、それもかはらず。たゞ我身ひとつは猶うしと思ひつゝ有しまゝのもとの身にして とよめるにや。 又我身ひとつは猶うしと思ひつゝ有しまゝの身にて、月やはおもしろかりし こぞの月にあらぬ。春やはおもしろかりし こぞの春ならぬ。梅の花ざかり、おぼろ月夜、さながら有しまゝにてこぞに にるべくもあらぬ 其ゆゑ何ぞやと、深くとがめてよめるにや。これも心のあまれる歌と見えたり」

(勢語憶断上之上 契沖)


「今夜コゝヘ来テ居テ見レバ、月ガ モトノ去年ノ月デハナイカ。サア、月ハ ヤツパリ去年ノ トホリノ月ヂヤ。春ノ ケシキガ モトノ去年ノ 春ノケシキ デハナイカ。サア、春ノケシキモ梅ノ花サイタ ヤウスナドモ ヤツパリ モトノ去年ノ トホリデ、ソウタイ ナンニモ去年ト チガウタ事ハナイニ、タゞ オレガ身一ッ バツカリハ、去年ノ身デアリナガラ、去年逢タ人ニ アハレイデ、其時トハ 大キニ チガウタ事ワイノ。サテモ サテモ 去年ノ春ガ恋シイ」

(古今集遠鏡 本居宣長)



月も春もむかしのままに見えるとよむか、月も春も違って見えるとよむか……。両方の説を揚げる契沖は凄いなと思いました。


話は変わりますが、世の中は数年前とすっかり変わってしまいました。そのように見えるだけなのか、本当にすっかり変わってしまったのか、どうでしょう。

月も春も梅の咲く様子も少しも変わらないように見えるのに。




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