紛争や災害に遭われた人々を思うと理想を語ることに気が引けるのですが、理想というものは執着してしまうとかえって遠ざかるような気がします。
私が過去に描いた理想は、ひとつは眼に見えるもので、もうひとつは見えないものでした。
それが、このところ両方を実現するのが困難になってきました。
というのも、これらは10年前の状況を前提としたもので、今日に至るまでに環境が変化して実現が難しくなったからです。
そしていよいよ厳しくなり、見える方を妥協して、見えない方を優先することにしました。
その結果、妥協した部分は人から見てあからさまに分かるものですから、私は聞かれもしないのに言い訳がましくなったり弁解をするようになりました。
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理想というと聞こえがよいですが、現実離れしていれば単なる願望や欲求、妄想にすぎません。
私の性格的な未練がましさもあるせいか、せめて世間がもう少しの余裕ある状況ならと思ってしまいます。
しかし、外的な環境を自分の力で変えることは出来ません。
私は心のどこかで、自分の力ではどうすることも出来ない外の環境を変えようと葛藤していた、今もまだ葛藤しているのだと思います。
さらに、理想に執着するあまり、自力で達成出来ることと、前提があってこそ達成出来ることを明確に分けて考えることが出来ていないのだと思います。
たとえ社会に不公正や理不尽がまかり通っているとしても、私は現実を受け入れる度量が必要なのかもしれません。
そうでないと一歩も踏み出せず、いつまでも独りよがりな理想への執着や心の空回りは続くような気がします。