こんばんは~。
今日はとっても暖かかった兵庫南部です。
ダウンジャケットは脱いで、普通の冬のコートをもって、月組さんへいってまいりました
。
今日の話題の前に、星組さん、東京千秋楽、無事に幕がおりたようですね。
おめでとうございます。。
千秋楽が迎えることができることができて良かったです。![]()
さてさて、今日は古典のお勉強を。。
月やあらぬ 春や昔の春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして
これは伊勢物語の在原業平の歌です。
歌の意味は
月はちがう月なのか。春は過ぎた年の春ではないのか。私だけが昔のままであって、私以外のものはすっかり変わってしまったのだろうか。
逢瀬の重ねた夜と同じように、月も照り梅も薫り早春の夜の趣で、自分の恋情もまた昔日と同じであるのに、相手の女性がいないというたった一つの違いがもの寂しくやるせなく思わせ、涙している。
(ネットの解釈をコピーしました)
いやー、、、切ない歌です。。![]()
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高子のことは、ずーと思ってても、もう自分には手の届かないところへいってしまった。。
あんなに色男といわれた在原業平が、実は心には一人の女性のことを想ってるんですもんね。。
この歌、「応天の門」で使われてます。
とっても、美しい歌声とともに。。![]()
昨年、「伊勢物語展」が大阪で開催していて見に行ったのですが、二人の駆け落ちの絵巻もありました。
それが、今回の「応天の門」で、若き日の二人を演じてる、英かおとさん、蘭世さんの場面と同じ感じでね。。
なんだか、私まで切なくなってきちゃいました。![]()
こういう背景を知っていると、より舞台を楽しめますね。
ちなみに、昨日のスカステでのナウオンでは、ちなつさんは在原業平を、色男だけでなくマンガの中のように、「男らしさ」を追求したいとのことです。
これから、まだ変わっていくだろう舞台。。
どこまでいくのか、楽しみです![]()