つづき

 

その話と、私の家族の話は全く別なんだけれど、思うことがあって、

 

友人の話を聞いていて、

 

私がもしあの時、母親を介護をしなかったら、後悔していたのかな?

 

ということを思った。

 

友人は母親と距離を置きつつ、病院での家族会議や、手術の立ち会いや要所要所、肝心なところは顔を出していた。

 

それ以外、家に行く訳もなく。

 

食事に誘われても断る。

 

母親は、気付いていると思う。交際を反対したから、家に寄り付かなくなったことを。

 

でも、それについて何も触れない。

 

友人は長年かけて見つけ出した、理想の相手だったそうで、

 

明確な理由なく、ただ感情的に「反対」した母親と距離を置いた。

 

友人はとうに30歳を超えていて、結婚するに親の「承諾」など必要なく、

 

「結婚します」という「報告」で、

 

母親が反対できる立場にない。

 

ただ子離れができていなかったのと、執着で息子をコントロールしようとして、

 

それまで良好だった親子の関係を壊してしまった。

 

病気になっても、家に寄り付かなかった。

 

友人は悲しかったと思う。

 

友人の母親もまた、悲しかったと思う。

 

残念な話だ。

 

友人の母親は、今、治療中だけれど、症状の勢いの方が強く、容態が思わしくないとの事。

 

 

私は、母親の面倒を見る義理は無かった。

 

今になってそう思う。

 

つづく