良い景色だと思いませんか。心が洗われるようです。私は東北の盛岡という街で育ちました。盆地なので、海はありません。三陸の宮古まで行けば海があるものの、遠くて、決して身近ではなかった。その反面、盛岡には清流が幾つも流れ、私はそこで釣りを覚え、フライフィッシングをするようになった。子供の頃に夢があった。それは身近な川で毎日釣りをして過ごすこと。どこか遠くの釣り場に出向くのではなくて、また大物や数を競うようなものじゃなくて、毎日の川の流れの変化や、四季の移り変わりを楽しめるような環境で過ごすこと。山を買って、家を建て、自分の敷地に小川が流れ、夕方に1時間だけ釣りをする。そんな生活に憧れていた。しかし、現実は程遠く、縁があって、森ではなくて街に住むようになった。日々の生活に追われ、釣りをすることが特別なイベントとなってしまった。勿論、仕事をして生計を立て自立することに不満は無い。だけど・・・・・・。
東京湾にあまり良いイメージは無かった。教科書に夢の島のこと、水質が悪いという噂、汚れたイメージが付きまとった。けれども、縁があってこの地域に移り住むようになって、その誤解は少しづつ晴れて行った。
橋の向こうは東京湾。自宅から自転車で10分の距離。
いつの頃からか、シングルハンドの釣りよりも、ツーハンドの釣りが好きになった。何故だろう? ライズの釣りに夢中になって、毎週のようにイブニングライズを追いかけた時期もあったが、魚に翻弄されて、地に足がついていたとは言えない。それに比べると、本流でのツーハンドの釣りは、釣れなくて普通、釣れても釣れなくても心が乱れなかった。
白石川で友人が撮ってくれた写真。本当は、こういう素晴らしい川の傍で暮らせればよかったが、人生とは思い通りには行かないものだ。果たして、それが実現したとして、本当に幸せかどうかなんて、誰にもわからないことだけれど。
私は、川につかりながら何を想う。
でも、今年、湾奥の河口でフライフィッシングをしようと決めた時、心に何か明るいものが射し込んだ。今、目の前にあるものを愛してみようかと思えるようになった。考えようによっては、毎週でも、毎日でも汗、釣りができる環境がすぐ傍にある。こんな贅沢なことがあるだろうか。
そう言う意味で、夢が叶いつつある。釣りのある暮らし。叶いつつと言うのは、叶えるのはこれからの自分次第なので。開高健がオーパの巻頭言に載せていたっけ。一生幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい、と。そして、私も「釣り」の意味が分かるような年齢になった。今、幸福だと感じる。感謝の気持ちを忘れずに、これからも歩んで行こうと思う。では、また。

