自殺しないアフリカ人
2年ほど前だろうか、横須賀でタクシー運転手を襲った強盗殺人事件があり、米海兵隊所属のナイジェリア人が逮捕された。これで驚いたのは、米国はグリーンカード(米国永住権)をエサに貧困国の兵士を雇い上げイラク戦争に送り込んでいたという事実が露呈したこと。
もうひとつは、この犯人が逮捕後に動機として発したコメントが「悪霊がわたしの体内に入り込んで悪徳を犯した」と云う旨のことで、これを聞いて「あぁ、やっぱり西アフリカでもそう云うのか」と思った。
かつてケニアで、現地の人たちを相手にガチの丁々発止をやっていたころ、背任・背徳行為をした人を問い詰めて、どうにも言い逃れができなくなったときに、「Shetani aliniingia!」と言って最後の切り札を切る。スワヒリ語で、Shetani=悪魔、aliniingina=わたしの中に入って来た、と云う意味で、要するに私は悪くない、悪いのは私に乗り移った悪魔だと言って逃げ切る訳だ。
また、カソリックの南米人もそう云う云い逃げをするようで、何年かに広島の方で小学女児を殺害したペルー人だったかが、やはり同じようなことを云っていた。
何か非があっても自分の責任であることを認めることがなく、すべて他人にせいにできるような精神構造であれば、ストレスをため込むことはなく、日本人のように他人の責任まで抱え込んで自分を責めてどうしようもなく煮詰まってしまい自殺という選択をしてしまうことはないだろう。
精神風土・思考方法など、そこには大きな相違があるし、もうひとつ大切なポイントは、日本人には宗教がなんらかの逃げ道を準備してくれると云うことがないことも煮詰まってしまう理由かもしれない。
『アフリカから学ぶ』と云う本のなかに、かつて中央アフリカでHIV/エイズ予防にかかわり、現在はある大学の教授をしている人の記述があり、その最後で「日本は豊かなのになぜ自殺者が多いのか」「なぜアフリカ人は自殺する人が少ないか」という提起をしていて、また、この本の執筆代表の方が最後の「おわりに」で、「(アフリカでは)生きるとは何かという真の答えを見いだせる(P.425)」といい、自殺しないアフリカ人は「人間力」があるからだと云い放ってしまうのを見て、なんだか情けなくなってしまう。