ケニアのゴルフ事情 1
週末、信州伊那を訪れ、土曜日の晩は高遠町の古刹の宿坊に投宿し、日曜日には駒ヶ根でゴルフを堪能した。
初めて訪れた地方だったけれど、南アルプスと中央アルプスの美しい稜線を遠くに眺めながらの行楽やゴルフのラウンドは気持ちがよく、Good Companyにも恵まれて楽しませてもらった。
かつてケニアで暮らしていたころ、週末はゴルフ三昧という時期がかなりあった。
説明してもなかなか分かって貰えないけれど、ケニアは世界中で最も恵まれたゴルフ環境にあり、まさにゴルファー天国だと思う。
ナイロビからクルマで1時間以内の距離(最近は渋滞がヒドイけど)に10以上のゴルフ場があり、それもかなりのレベルにありそれらを低料金で出来て、それでコースは混んでない。さらに気候だけれど、一年中初夏の気候が続きそれも日本の初夏とき比較にならないほどカラッと乾燥していて爽快なのだ。
「なにもすることが無いからゴルフ・クラブへ行って誰か知り合いを探してラウンドしようか」などと、今、日本にいて思えばとんでもなく贅沢なことをしていた。
英国政府により、モンバサからウガンダのカンパラまでの鉄道建設が開始されたのが1896年で、ビクトリア湖畔のKisumuまで開通したのが1901年で、モンバサ=カンパラ間は1903年に開通した。
Imperial British East African Railway(Uganda Railway)というこの鉄道の建設にあたっては、当時の現地での労働力の確保が難しかったため、当時同じく英領だったインド・パキスタンから3万人を越えるインド・パキスタン人(= Asians)を連れて来て建設労働者として働かせた。現在のケニアの多くのエイシアンはこの人たちが始まりとなる。
鉄道が開通すると英国人入植者が一気に増え、Nairobi - Thika線は1913に開通しているが、ナイロビの北40キロのところにあるCetnral Highlands入植地の中心地Thikaには1917年にThika Sports Clubが設立され、英国人入植者たちの集会・娯楽・交流の場となっていった。
ナイロビの名門ゴルフクラブ・Muthaniga Golf Clubは現在のMuthaiga Clubと一体になっていて1919年の設立と記憶する。どこのクラブのホールにも過去のChairman,Golf Captainの名前を刻んだ大きな銘板があるのでこれで確認できる。しばしケニアのゴルフ事情でも綴ってみようか。