アフリカはジャズの故郷か
ナイロビのKenyatta International Conference Centre(KICC)で開催されていたAGOAが昨日閉幕したようだ。
KICCといえば長いことナイロビで一番高い建物で、最上階の29階?は回転展望レストランになっていて、日曜日の昼にはジャズの生演奏などをやっていた。30年前の話だけど。
日本人のサックス奏者で「吾郎さん」と呼ばれていたジャズマンがナイロビの下町リバーロードのあたりの安宿に住んで演奏活動をしていた。詳しく聞いた訳ではないけれど、ケニアに来たものの一緒のバンドを組んだりセッションのできる、つまりジャズを知っている・演奏のできるケニア人ミュージシャンというのが見つからず、米国から遊びに来ていたアマのジャズ・ギタリストやナイロビ在住のドイツ人ピアニストなどと即製バンドを組んでKICCで演奏していた。
ナベサダや久保田利伸などいろいろなミュージシャンが東アフリカで音楽のルーツを辿る旅のようなことをやっていたけれど、ヒトのルーツは東アフリカで間違いないようだが、ジャズのルーツはアフリカではなく、まして東アフリカではない。
60年代にスィング・ジャーナルなどに記事を書いていた相倉久人という気鋭のジャズ評論家が「現代ジャズの視点-失われたリズムを求めて」(1974年音楽之友社)と云う著書のなかの「アフリカはジャズの故郷だろうか」という章で明確に説明しているが、ジャズはアメリカへ連れて行かれた西アフリカ出身者の子孫が発展させた音楽の形態であるのは確かだけれど、ジャズそのものはアフリカで発生したものではないと。
同書で著者は、音楽を構成する要素は、メロディ・ハーモニー・リズム・音色の4つだけれども、西洋音楽はメロディ・ハーモニーが基本となっているが西アフリカの音楽はリズムと音色で、両者はもともと異質の音楽であるという説明はなるほどと納得させられた。この言い方でいえば、ジャズの遠い遠いルーツはアフリカと云えるかも知れない。
同書には、アフリカへ移住してジャズ三昧と思った米国の黒人ジャズメンが西アフリカ・ガーナだったかへ行ったが、ジャズ仲間がいないことを知って結局一ヶ月で米国へ帰ったという話があった。冒頭の吾郎さんもそう云う思いをしていたのだろう。
KICCと目と鼻の先にある米国大使館での爆破テロから今日1998年8月7日で11年になる。