アフリカがクジラを絶滅から救った話
南米ガイアナ生まれのアフリカ人Walter Rodneyはジャマイカ・西インド大学卒業後、ロンドン大学オリエンタル・アフリカン・スクールで学び1966年「上ギニア史」で哲学博士号を取得、その後、ダルエスサラーム大学で教鞭をとる。
ダルエス時代に、60年代のアフリカの民族独立闘争の高揚から一転、解放闘争の分裂拡大で混迷する新興独立国を目のあたりにして著したのが『How Europe underdeveloped Africa(欧州はいかにアフリカを低開発化したか)』という1972年の論文で、邦訳が出ていて『世界資本主義とアフリカ』北沢正男訳・柘植書房という1976年初版で、帯にはアフリカ人による本格的なアフリカ史とある。
原題のとおり、アフリカの諸問題を歴史を遡って唯物史観で解明しようとしているものでスンナリ受け入れられない箇所などもあるが、現在アフリカが直面する問題の根源を探ろうと実例を示し、その一例を多国籍企業ユニリバーのアフリカでの展開を引用し「アフリカを収奪した代表的企業」(P221)として解説する。
現在でも食物油脂として世界でもっとも生産されているはアブラ椰子から生産する椰子油(パームオイル)である。日本では馴染みがないのでピンと来ないが、ユニリバーがこのアブラ椰子を19世紀中頃からコンゴで作付けを開始し、ギニア湾に沿ってナイジェリア・ガーナ・リベリアと作付けを増やしていったし、インドネシア・マレーシアなどのアジアでも生産が拡大していった。
当時食用油脂や石鹸の原料には鯨油が多く使われていて、ジョン万次郎が鳥島から救助されたのも米国の捕鯨船だし、ペリーが浦賀に来たのも日本に捕鯨船基を地確保するということが理由のひとつだった。石油産業が発達する前の当時の鯨油は非常に貴重な戦略物資であったが、西アフリカの椰子油がそれに取って変わって行き、20世紀前半には鉱物油脂の生産技術革新と相まって鯨油の時代が終焉を告げる。
捕鯨は終息していったが、アフリカの収奪はそれから始まったという訳だ。
ケニアKerichoに美しいお茶農園展開するLiptonも、石鹸のLux、その他多くの企業がユニリバー傘下である。
能天気なタイトルをアップしてしまったが、なんとなくズシリと思い話りなってしまった。