究極のモッタイナイ?
30年ほど前にケニア・ナイロビの北160kmのところにあるニエリ(Nyeri)という町で民間の製材業近代化事業にかかわったことがある。
ケニアの森林資源は、英国植民地時代に植林された国有林の伐採権を取得し、実際の伐採にあたり木材を切り出すには営林署が木材一本一本を計測して体積を算出、その総量の対価を支払った後で木材の搬出ができるという手続きで、営林署の計測は「Marking」と呼ばれ計測完了の木材にはハンマーで刻印が押される。
主な木材は、Cypress(辞書には糸杉とあるが日本のヒノキと同じ)、Pine(松)でいずれもケニアにとっては外来種で、日本では伐採までに60年程度かかるものがアフリカの高地では半分の30年で根元の直径60cm程度になって伐採可能となる。
英植民地政府の土地利用政策は、その土地土地の気候・雨量・土質その他諸々を考慮して植え付けるものは、概ね低地から高地へ向かってサイザル・コーヒー・紅茶・葉タバコ・木材用樹木を植えて行った。キリマンジャロ山麓もケニア山麓ほぼこのパターンである。
森林資源はもちろんこれらの人口の植林だけではなく、ケニア山麓には手付かずの原生林が残りそこには樹齢200年以上の原生のMeru Oak(メル樫)・Camphor(樟脳の取れる楠)などの銘木もあるがこれらは製材の対象外となっていた。
アフリカ人女性で最初のノーベル賞受賞者となったWangari Maathai氏はそのころ「Green Belt Movement」を開始して砂漠化防止の活動を開始していたが、30年前当時、製材事業も標的になりとてもいやな思いをしたことがある。
彼女はその後も活動を続け2002年以前のモイ大統領終盤の政府関係者などによるナイロビ郊外のKarura Forestの違法取得の糾弾、腐敗批判は評価をするものの、ノーベル賞受賞後日本のメディアにのせられて「日本人のモッタイナイ精神を世界へ広めよう」というような言動・行動、またはその他のスタンド・プレーとも受け取られる行為には違和感を覚える。
ワンガリの活動への評価をしつつも、あのノーベル賞は究極の「モッタイナイ」と思うのだか、、、。