フロンターレ魂? ブーイングしないこと
少し前の朝日新聞に記載されたフロンターレサポの話です。
サッカーにブーイングはつきものだ。情けないプレーを見せた選手や、勝てないチームへの「愛の鞭」ともいえる。しかし、川崎フロンターレのサポーターは、ブーイングをしないことで有名だ。さて、その真意とは?
「選手が『畜生!』という顔をしている時に追い打ちをかけるのではなく、後押しするのがサポーターだと思うんです」
フロンターレ応援団「川崎華族」代表、山崎真さん(28歳)は、サポーターとファンの立場に一線を画す。「ブーイングは、サービスに対して満足しない人の行為だと思う。劇場で『自分がこれだけお金を払っているのに、内容が不満だ』と唱えるようなもの。いわば、ファンの視点です。でも、サポーターは支援者。選手から一生懸命な態度が見える限り、ブーイングはやめたい。勝っても内容が悪かったら拍手しないという姿勢は、一生懸命に戦った選手の次のモチベーションにつながるでしょうか?」
喜びも悔しさも、選手、クラブと共有する関係。それが山崎さんのサポーター道の底流を行く。「勝った時は喜びを満喫させてもらうのに、負けた時だけブーイングするのは、クラブを支える者としてずるいでしょう」。サポーターが常に「一緒に」という姿勢を続けることで、選手も負けた次の試合は、より全力で戦うようになる。クラブからも支援者として認められ、欠かせない存在として理解される。そんな三位一体の考え方だ。
ホームスタジアム等々力陸上競技場がある川崎市中原区在住の会社員。もともと野球好きだったが、フロンターレがJリーグ準会員となり、JFLで戦っていた1997年に応援を始めた。この時期は、川崎を本拠にしていたヴェルディが東京移転をほのめかし(2001年に東京移転)、その一方で、新興のフロンターレは鉄道の駅などに「フロンターレは川崎市唯一のホームチームです」といった挑発的なポスターを貼って浸透を図っていた。
川崎華族は2001年に結成。「ヴェルディもいなくなり、プロ野球の大洋もロッテも川崎から去った。自信を持って川崎をアピールできるシンボリックなものとして、フロンターレが『華』になるように」と命名した。
10人くらいからスタートし、今も20人前後のグループ。「試合の90分だけを応援するのがサポーターではない」。チーム状態を見て必要な時は、練習日にグラウンドに行き、選手を鼓舞する。クラブと話し合って集客戦術を練り、街頭で応援を呼びかけることもある。
「後押し」という点で印象的だったのは、昨年9月30日の甲府戦。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)との連戦を乗り切るため、選手の疲労を考慮した関塚隆監督は23日の柏戦でメンバーを8人入れ替えて0—4で敗れていた。これに対し、当時Jリーグ専務理事だった犬飼基昭・日本サッカー協会会長が「サポーターを裏切ったことへの説明を求めていく」と発言。あたかもフロンターレが二線級のメンバーを出し、Jリーグを軽視したかのように解釈し、責任を追及する姿勢を見せていた。
川崎華族は、スタンドに「犬飼さん、我々は裏切られていません」という横断幕を張った。「腹が立ったのは、ピッチで戦う11人に失礼な発言だということ。犬飼さんは毎日練習を見て、二軍とか三軍とか、評価基準を持っているのか。俺たちは柏戦の11人がその時のベストメンバーだと思って応援していた。俺たちの大切な選手に失礼だと思った」と山崎さん。
横断幕を見たJリーグのマッチコミッサリーは「はがすように」と要請してきたが、山崎さんたちは「誹謗中傷ではない。このメッセージを通じて選手を鼓舞している」と拒否。「君たちの言いたいことはよくわかった。お願いだから」というマッチコミッサリーの再要請を受け、ようやくはがすことに同意した。連戦に立ち向かうチーム事情を汲み取っているサポーターの思いを、機構側が誤って解釈したことに対し、強烈な意思を示すことは重要だった。
ブーイングをしない川崎華族方式は、周囲へ強要はしなかったが、いつしかサポーター全体に浸透している。もちろん、ブーイング派のサポーターと意見を戦わせた経緯もあるし、今でも「極端すぎる」という意見をぶつけられることもある。でも、このサポーター道は間違っていないという確信がある。「フロンターレの選手はどんな時も、我々サポーターへの感謝のコメントを絶対に忘れないからです」中小路徹
サッカーにブーイングはつきものだ。情けないプレーを見せた選手や、勝てないチームへの「愛の鞭」ともいえる。しかし、川崎フロンターレのサポーターは、ブーイングをしないことで有名だ。さて、その真意とは?
「選手が『畜生!』という顔をしている時に追い打ちをかけるのではなく、後押しするのがサポーターだと思うんです」
フロンターレ応援団「川崎華族」代表、山崎真さん(28歳)は、サポーターとファンの立場に一線を画す。「ブーイングは、サービスに対して満足しない人の行為だと思う。劇場で『自分がこれだけお金を払っているのに、内容が不満だ』と唱えるようなもの。いわば、ファンの視点です。でも、サポーターは支援者。選手から一生懸命な態度が見える限り、ブーイングはやめたい。勝っても内容が悪かったら拍手しないという姿勢は、一生懸命に戦った選手の次のモチベーションにつながるでしょうか?」
喜びも悔しさも、選手、クラブと共有する関係。それが山崎さんのサポーター道の底流を行く。「勝った時は喜びを満喫させてもらうのに、負けた時だけブーイングするのは、クラブを支える者としてずるいでしょう」。サポーターが常に「一緒に」という姿勢を続けることで、選手も負けた次の試合は、より全力で戦うようになる。クラブからも支援者として認められ、欠かせない存在として理解される。そんな三位一体の考え方だ。
ホームスタジアム等々力陸上競技場がある川崎市中原区在住の会社員。もともと野球好きだったが、フロンターレがJリーグ準会員となり、JFLで戦っていた1997年に応援を始めた。この時期は、川崎を本拠にしていたヴェルディが東京移転をほのめかし(2001年に東京移転)、その一方で、新興のフロンターレは鉄道の駅などに「フロンターレは川崎市唯一のホームチームです」といった挑発的なポスターを貼って浸透を図っていた。
川崎華族は2001年に結成。「ヴェルディもいなくなり、プロ野球の大洋もロッテも川崎から去った。自信を持って川崎をアピールできるシンボリックなものとして、フロンターレが『華』になるように」と命名した。
10人くらいからスタートし、今も20人前後のグループ。「試合の90分だけを応援するのがサポーターではない」。チーム状態を見て必要な時は、練習日にグラウンドに行き、選手を鼓舞する。クラブと話し合って集客戦術を練り、街頭で応援を呼びかけることもある。
「後押し」という点で印象的だったのは、昨年9月30日の甲府戦。アジア・チャンピオンズリーグ(ACL)との連戦を乗り切るため、選手の疲労を考慮した関塚隆監督は23日の柏戦でメンバーを8人入れ替えて0—4で敗れていた。これに対し、当時Jリーグ専務理事だった犬飼基昭・日本サッカー協会会長が「サポーターを裏切ったことへの説明を求めていく」と発言。あたかもフロンターレが二線級のメンバーを出し、Jリーグを軽視したかのように解釈し、責任を追及する姿勢を見せていた。
川崎華族は、スタンドに「犬飼さん、我々は裏切られていません」という横断幕を張った。「腹が立ったのは、ピッチで戦う11人に失礼な発言だということ。犬飼さんは毎日練習を見て、二軍とか三軍とか、評価基準を持っているのか。俺たちは柏戦の11人がその時のベストメンバーだと思って応援していた。俺たちの大切な選手に失礼だと思った」と山崎さん。
横断幕を見たJリーグのマッチコミッサリーは「はがすように」と要請してきたが、山崎さんたちは「誹謗中傷ではない。このメッセージを通じて選手を鼓舞している」と拒否。「君たちの言いたいことはよくわかった。お願いだから」というマッチコミッサリーの再要請を受け、ようやくはがすことに同意した。連戦に立ち向かうチーム事情を汲み取っているサポーターの思いを、機構側が誤って解釈したことに対し、強烈な意思を示すことは重要だった。
ブーイングをしない川崎華族方式は、周囲へ強要はしなかったが、いつしかサポーター全体に浸透している。もちろん、ブーイング派のサポーターと意見を戦わせた経緯もあるし、今でも「極端すぎる」という意見をぶつけられることもある。でも、このサポーター道は間違っていないという確信がある。「フロンターレの選手はどんな時も、我々サポーターへの感謝のコメントを絶対に忘れないからです」中小路徹
谷口博之さん?
神奈川県のタウン誌に載せられたタニのインタビュー記事。
ゴールへの嗅覚で世界へ
北京五輪サッカー日本代表
谷口 博之さん川崎F所属 市内在住 23歳
○…8月8日開幕の北京五輪。日本代表として大会に臨んでいる川崎フロンターレのミッドフィルダー。サポーターや川崎市民、出身地である横須賀市への思いを胸に大舞台を戦う。「川崎・横須賀の代表として、全力プレーを約束する」
○…フロンターレには04年に入団し、2年目からレギュラーに定着した。06年にはリーグ13得点をマークし、JリーグベストイレブンとU-21代表に選出された。ナビスコカップのニューヒーロー賞も受けるなど、輝かしい実績をあげた。豊富な運動量と一対一の勝負強さが特長で、サポーターからはアイルランド代表の名選手になぞらえて「川崎のロイ・キーン」と称されている。
○…順風満帆なサッカー人生に見えるが、挫折も経験している。横浜・Fマリノスユース時代は、トップチームへの昇格を有力視されていたが、中盤に優秀な選手が多数在籍している状況から、採用されなかった。昨年の3月にU-22代表から落選し、アジア最終予選に一度も出場できなかった。しかし「どんな時も手を抜かないでチャレンジするだけ」と持ち前の精神力で壁を乗り越えた。五輪代表の反町監督が選手選考で重視した『ハート』『メンタリティ』を持つ選手として成長を遂げ、再び代表に召集された。
○…本職はボランチだが、より攻撃機会の多いトップ下でプレーすることもしばしば。「自由でやりやすい」と得点を積み重ねている。本人も「気づいたらゴール前にいた」という、ゴールへの鋭い嗅覚を発揮した得点は「何でそこに谷口が!」と、サポーターを驚かせる。「サッカーに興味のない人やスカウトにも見てもらえる。ワールドカップに出るためのステップ」と五輪を足がかりに、日本A代表、さらには世界で活躍する選手を目標としている。「(五輪の)代表チームの守備は世界に通じる。あとはいかに点を取るか。もちろん狙っている」
ゴールへの嗅覚で世界へ
北京五輪サッカー日本代表
谷口 博之さん川崎F所属 市内在住 23歳
○…8月8日開幕の北京五輪。日本代表として大会に臨んでいる川崎フロンターレのミッドフィルダー。サポーターや川崎市民、出身地である横須賀市への思いを胸に大舞台を戦う。「川崎・横須賀の代表として、全力プレーを約束する」
○…フロンターレには04年に入団し、2年目からレギュラーに定着した。06年にはリーグ13得点をマークし、JリーグベストイレブンとU-21代表に選出された。ナビスコカップのニューヒーロー賞も受けるなど、輝かしい実績をあげた。豊富な運動量と一対一の勝負強さが特長で、サポーターからはアイルランド代表の名選手になぞらえて「川崎のロイ・キーン」と称されている。
○…順風満帆なサッカー人生に見えるが、挫折も経験している。横浜・Fマリノスユース時代は、トップチームへの昇格を有力視されていたが、中盤に優秀な選手が多数在籍している状況から、採用されなかった。昨年の3月にU-22代表から落選し、アジア最終予選に一度も出場できなかった。しかし「どんな時も手を抜かないでチャレンジするだけ」と持ち前の精神力で壁を乗り越えた。五輪代表の反町監督が選手選考で重視した『ハート』『メンタリティ』を持つ選手として成長を遂げ、再び代表に召集された。
○…本職はボランチだが、より攻撃機会の多いトップ下でプレーすることもしばしば。「自由でやりやすい」と得点を積み重ねている。本人も「気づいたらゴール前にいた」という、ゴールへの鋭い嗅覚を発揮した得点は「何でそこに谷口が!」と、サポーターを驚かせる。「サッカーに興味のない人やスカウトにも見てもらえる。ワールドカップに出るためのステップ」と五輪を足がかりに、日本A代表、さらには世界で活躍する選手を目標としている。「(五輪の)代表チームの守備は世界に通じる。あとはいかに点を取るか。もちろん狙っている」
上位キラーに期待
平日開催の次節ですが、ヴェルディ、エスパルス、ヴィッセル、サンガに上位倒しを期待しましょう。
特に底力のある浦和、鹿島は叩いておきたいですね。
札幌も厚別では負け無しですから。バレー無しのガンバ危うし。
1 浦和 40 +14 東京V 国立
2 名古屋 39 +8 清水 瑞穂
3 鹿島 38 +18 神戸 ホムスタ
4 大分 38 +8 京都 九石
5 川崎 37 +6 新潟 等々力
6 G大阪 33 +1 札幌 札幌厚別
7 柏 32 +4 FC東京 柏
8 京都 32 -3 大分 九石
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特に底力のある浦和、鹿島は叩いておきたいですね。
札幌も厚別では負け無しですから。バレー無しのガンバ危うし。
1 浦和 40 +14 東京V 国立
2 名古屋 39 +8 清水 瑞穂
3 鹿島 38 +18 神戸 ホムスタ
4 大分 38 +8 京都 九石
5 川崎 37 +6 新潟 等々力
6 G大阪 33 +1 札幌 札幌厚別
7 柏 32 +4 FC東京 柏
8 京都 32 -3 大分 九石
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