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清湯ブルース

ラーメンと妄言

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美味いものを食べ比べて順位付けする行為に何の意味があるのだろうか。


感動は数値化されるのか…否。


感動は味わいととも心に彩りと波長をもたらすのみ。


ただそれでも数多あるラーメン屋に私は自分なりの思い入れがある。


中でもただ一軒のみの特別な存在、それが福生の黄金郷。


ひとつの出会いから物語が切り拓かれる興奮を教えてくれた。


そして一杯のラーメンに対する想いの丈を文章に書き綴り始めたのはいつからだろうと振り返ったとき、やはり契機となったのはこの店ではないかと思い至る。




地雷源総帥鯉谷氏がその肩書きから解き放たれ、ラーメン職人鯉谷剛至に立ち返って昼間の二時間半だけ門戸が開かれる現代の茶室、それがThe Finest Noodles El Dorado。


片道二時間をかける福生までの道程…あるとき私は訪れているのではなく招かれていたことに気付いた。


昼に予定を空けて福生まで足を運んだ者のみがいざなわれる最高峰のもてなし…それは贅でなく粋。


要予約でもなく高額設定でもない、感動までの道程をも演出する心尽くし。


これが強面ながら遊び心を忘れない店主のキャラクターと相俟って実に奥ゆかしい。





さて突然の休業宣言から三ヶ月を経ての黄金郷復活。


新生旨味ソバは鯉谷店主念願の鶏も豚も生ガラ使用と云う前人未到のスープへとシフトした。


独特な淡さが影を潜め、全体的に迫力が増し、醤油ダレとの相性の良さも際立つ。


これまでの極上スムースソウルはそのままにウィスパーヴォイスがハスキーヴォイスに変わったかのような印象で力強い。



再び輝き始めた黄金郷、儚さと力強さが織り成すスープの黄金比、そしてそれらを牽引するシルキーこの上ない三河屋製麺の特注麺。



完璧すらも生ぬるく思えるほど繊細なる技巧が奥底まで生きた味の錬金術。



もはや今更メディアに取り上げられて祭り上げられる存在でもない。




我流は…今や福生で臥龍【隠れて世に知られないでいる大人物、在野の傑物】さらがらの存在となりつつある。


祝復活。



GREAT GOLD, STAY GOLD。
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気持ちを落ち着けるのに時間を要する一杯。つまりそれだけ衝撃的であると云うこと。製麺所でのキャリアもある店主による満を持しての自家製麺導入。しかもなんと驚くことなかれ製麺機を使わぬ完全手打ち麺と云う魂の入り様。だとしても美味くなければ意味はない。ところが…ところがである。昨今主流の摩擦抵抗を極めて抑えた細麺ストレート、実は飽和しつつあるのかなと云う気配を僕は正直感じ始めている。契機はGENEI.WAGENの縮れ細麺のありそうでなかった食感との出会い。そして知ってしまった稲庭中華そばと云うバケモノ乾麺の存在。飯田商店ややまぐちのつけ麺つけそば然り、今や細麺の摩擦は極限まで抑えられた。ここから先は僕の完全なる妄言。清湯隆盛のまま時代の振り子は傾き始める。意外にも清湯との相性が悪くない平打ち縮れ麺の機運、それは饗くろ㐂の平打ち麺やくじら食堂の手揉み平打ち麺が示している。この平打ち縮れ麺と細麺ストレートの融合、そんな矛盾にも似た方向性に何処よりも先に到達したのは此のかねかつではないか。スープもまた大変素晴らしい。香味油を用いぬクラシックスタイルは出汁のスペックの高さと醤油ダレの強靭さが際立つ。まぁクラシックではない通常のらーめんこそが此の店の本質なので初見の方にはそちらを薦める。しかしクラシックもそのネーミングとは裏腹に試みとして新しい。そしてその余韻すらも非常に心地良い。かねかつのらーめんには、しば田やくじら食堂が持つ懐かしさのような風合いにも通ずる部分を感じる。スタイリッシュな懐かしさのしば田、のどかな懐かしさのくじら食堂とも違う、いやその中間を突き抜けるような方向性だろうか。このじんわりとキレる感じは筆舌に尽くし難い。そして、もし許されるのならば、どこかの店とコラボでもやってこの麺の途方もない完成度を白日の下に晒してほしい。…そんな戯言を勢いで書き綴る程度に感動的な一杯であった。本当に、本当に美味い。

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熱狂の背後にはいつも寂しさがつきまとう。終わらない祭りなどなく、やまない雨もない。常であるものは何もなく、儚さこそが華。



さて東小金井、くじら食堂に初訪である。何故今日まで訪れなかったのか。東小金井での夜のみ営業のハードルの高さ…それは謂わば口実に過ぎない。間違えのないものを敢えて後回しにする心理、後に残るものがハズレばかりだったとしたら…そんな恐怖を回避するため無意識に此処には足が遠退いていた気がする。そろそろ…いいやまだ…と云う気持ちのせめぎ合いを楽しみつつも。

しば田とトイ・ボックスとのコラボに行けなかったときは悔しさの余り、もうこの際だから行かないと云う選択肢も結構本気で考えた…が、既に選考を終えているであろう本年度のTRY認定ラーメン大賞の結果に想いを馳せれば行かない訳にはいかない店、頃合いである。



見晴らしの良い東小金井駅からすぐ脇、外観は完全に食堂風情。しかも店外まで人が溢れている。しかし客の表情は皆晴れやか。なんと神々しいことか。体重を掛けて麺を揉む店主に険しさなどない。けれどラーメンに向き合う姿勢はひたむきそのもので、頼もしさしかない。



…もう敢えて味を言葉で繕うことも憚られる屈託のない味わい。飾ることのない真心が人を笑顔にする、そこに一切のイカサマはない。



たかがラーメン、されどラーメンと云えど、最後の最後は作り手の人柄だと思う。美味さが互角のラーメンが二杯あったなら俺は最後の決着は作り手の人柄に委ねたい。くじら食堂の一杯はそんな最後の決め手が終始支配していると云っても過言ではない。



俺はこんなにもわかりきったことを言いにわざわざ東小金井まで来たのか。なんだか無性に悔しいな、こんなにも当たり前の感想を、此処の店主は敢えて言葉にさせるのか…いいよ、言ってやる。

旨い、間違いなく。旨い。

ついでだから言っておく。俺はこの間違えるはずのない旨さの熱狂が終わってしまうのが怖かったんだ。