大仰な音楽も素晴らしい。
▼タイムパラドックスに迷い込んだ男に起こる奇妙な出来事という映画の評価だろうけど、何故かしっくりこない。どうして最初から海パンなのだろうか。プール巡りを思い付くより前になのに。森の中で何をしていたのだろう。▼映画は森の描写から始まるが、木々は生命力が乏しく寂しい。微かな物音がバート・ランカスターの気配を伝えるが姿は見えない。森の中は河が滔々と流れ、ふくろうが何かを察知したかのように飛び立つ。ふくろうにはあの世とこの世を行き交う神話があるという。中盤のランカスターが森を駆け抜けてゆくイメージもあってある映画が頭をよぎる。ロベール・エンリコの『ふくろうの河』だ。   ▼絞首刑が失敗、奇蹟的に生きながらえた男は妻の待つ我が屋へ帰るべく、森の中を駆ける。だが再会のその瞬間、男の身体に電撃的衝撃が突き抜け絶命する。全ては死ぬまでの幻覚、走馬灯だったのだ。そんな『ふくろうの河 』と『泳ぐひと』は重なる。▼実は主人公はすでに死んでいて、なんの因果か転生したのではないか。だから裸なのであり、海パンは物語の便宜上はかされたのではないかと。ランカスターは泳がなけれならないのだ。泳ぐという行為には生命の力強さを感じる。プール巡りは、自分の存在を泳ぐことで確認する心の旅なのだ。▼なぜあんなに他者との会話が噛み合わないのだろうか。彼は記憶が部分的に欠除していて都合の悪いことは忘れている。プールの巡りの旅は記憶の空白を埋めてゆくが自己の負の部分を思い知らされる。ラスト、廃墟となった自宅にたどりつき全てピースは埋まる。同時に彼の存在する意義は消えてしまったのかも知れない。▼気付かないままに全てが終わっていた男の物語『泳ぐひと』は、享楽の生活から陸に上がるなり一瞬で老け込む浦島太郎にも似ている。共に人生の負債を一気に支払わせられるという意味では恐怖の寓話なのだ。