野獣でも凶暴でもない刑事。
 萩原健一の悪徳警官ものなのだが、深作欣二監督とも幻の悪徳警官ものの企画があったのだ。深作監督の刑事ものといえば、初期段階ではビートたけしの『その男凶暴につき』の監督の予定もあった。少し想像をふくらませて、『その男凶暴につき』を萩原健一で思い描く。仮借なき暴力の世界に堕ちて行く妹思いの刑事の姿は驚くほどぴったりだ。 何よりタイトルがハマりすぎだ。
 工藤栄一監督との刑事ものだけに『野獣刑事』も頭をよぎる。本作が発表当時話題作だったのも、その辺りと無関係ではないと思う。ジャケット裏の解説もかなり過激さを煽っている。だが、本作は単なる暴力刑事物語ではない。ここにいるのは マネージャングルの渦に呑まれていく男の姿である。
 萩原健一の刑事には明日という希望はない。明日を描けない。今日信じたものも明日は裏切るのだ。裏切られた過去を持つ人間がすがり付き、執着するものとは何か。自殺した麻薬中毒の妻に似た女、見たこともないうなるような大金。それが身の程知らずにも、彼が手に入れたかったものなのだ。目の前に現れた欲望が男を狂わせる。中盤から萩原健一が羽織るビニールのレインコートは、この作品の最も印象的なビジュアルイメージだ。彼の内面がダサい安物の半透明のビニールによって透かされる 気もする。彼の中に眠る醜さ、やましさを。
 発表当時話題作ながらも中途半端だ、と高評価は得られなかった記憶がある。実際そうなのだ。この悪徳警官は悪党になりきれない。性描写も甘い気もする。だが、本作の主人公は決して単なる凶暴な人間ではないのだ。だからその曖昧さこそ『裏切りの明日』の魅力がある。ラスト射たれ血まみれにながらも、萩原健一は坂道を転がり落ちるベビーカーを押し返す。子供の命を護る必死の行為は、最期に残った彼の人としての証なのだ。『アンタッチャブル』からのインスパイアだとはいえ、評価に値する名シーンだと思う。
 結城昌治原作の本作は過去に原田芳雄でドラマ化され、この工藤栄一版には松田優作が出演予定だったが、病で降板し、萩原健一に回ってきたという。個人的にはこの三人は特別な役者なのだ。屈折した悪徳刑事の物語に彼らは何を見たのだろうか。