のけ者の挽歌。
▼原作『ターミナルマン』で描かれている脳手術は、つい最近現実に行われたそうだ。その映画化『電子頭脳人間』は絵空事の物語ではなくなった訳だ。そのためなのか、監督マイク・ホッジスが描きたかったであろう一人の男の受難の奇跡が、今はっきり浮かび上がってくる。▼理系作家マイクル・クライトンの世界を汲んでか、病院を舞台にした前半は冷たく無機質に描かれる。ホッジス監督の硬質な視線によって手術シーンなどリアルな迫力がある。▼高度の知能を持つコンピューター技術者でありながら病によりどこか厭世的なジョージ・シーガルは電極を埋め込みに合意する。術後改善を見せるのの彼は突然脱走する。「フランケンシュタインの怪物」になるのを拒否したかのように。▼中盤からは脱走したシーガルとそれを追う医者たちの物語となるが、ここから画作りがカラフルに一変し、サスペンスにある種の優美すら漂う異色の映画に変貌する。美しい映像の中を身も心も傷つきながら暴力衝動という時限爆弾を抱え逃げる回るシーガルの哀しさ。その姿にふと『邪魔者は消せ』のジェームズ・メイスンが重なる。▼キャロル・リードのこの映画、題名が前から内容とそぐわないと思っていたのだが原題は、余所者とか疎外者、のけ者となるそうだ。『消せ』はいらない。負傷したメイスンは灯を避け夜の街を逃亡する。政治活動家であった彼も今は殺人犯であり、社会の邪魔者なのだ。キャロル・リードはそのメイスンの疎外感、孤独を描く。追われる者の物語だから『消せ』だと違和感が残る。▼世間のあらゆる者から追われる身となったシーガルとメイスン。追いつめられた二人は奇しくも共に自棄的な行動をとり、射殺される。謂わばかたちを変えた自殺である。拠り所をなくした者の孤独。その痛みが観た後もしばらく消えない。