人生の盛夏。
オープンニングに映し出される美しいひまわりが象徴するものは夏、美しい人生の夏、つまり幸福となるのだろうか。絵画のように鮮やかで美しい自然のなかに描かれる家族の肖像に幸福以外当てはまる言葉はない。その反面彼らの住居は狭く無駄が無くモダン風に見えるのだが清潔過ぎる気がしないでもない。街中はパステルカラーに溢れ、主人公の男を欲望を促す。美しい妻の他、刺激的なスケベ美女も手にいれた彼。この男には家庭より、それこそが幸福なのだ。
 監督によると幸福は簡単に代替えが可能な代物なのだ。主人公は美しい妻の死で幸福を失い、愛人と結婚することですぐに上書きを行う。皮肉でもあるが、見方を変えれは前向きでもある。この映画は、日常会話くらいしかないくらいセリフが少ない。それがかえっていろんな解釈を引き起こす。とえば、こうだ。
 主人公にとって幸福を生み出すもの、それはアレなのだ。妻と愛人の違いもテクニックの有る無しでしかない。妻は死んだが、新しい嫁と子供に囲まれ、彼は自分の幸運を噛みしめる。紅葉に色づく森のなかで。だが若い彼は知らない、人生にも黄昏があることを。イケメン絶倫の彼にも容姿、体力全て衰える人生の冬が来るのだ。そういう滑稽な姿で彼を見ると、これにどころか見覚えがあるのだ。しばらく考え、思い当たった。小説『イニシエーションラブ』のラストの主人公の姿である。彼は、自分がろくでなしだということにすら気付かないまま、最高の幸せを手にいれたと自惚れる。愚か者のナルシストの彼らはには、交尾以外に、幸せになることも、させることもできないだろう。
 と、勝手な解釈が頭のなかを通り過ぎる。いつの間にか妻と母の席に収まっている愛人こそ普通ではないサイコパスかも知れないとか。だが、これはうがった見方なのかもしれない。何故ならひとりぼっちで生きること、それこそ不幸だから。映画をよく観ると再婚後の主人公は、家族から少し距離をとっているように見える。人生には思いもよらないことが起きる。妻の死で幸福の色は違ってしまったが、それもよしと生きていかなければならない。彼は紅葉に彩られた森に夢の終わり、青春の終わりを見ているのかも知れない。