絶唱=心の叫び。

▼絶唱が心のあらんかぎりの叫びなら、本作のやくざ勝新太郎が叫んだものとは何か。▼『やくざ絶唱』の主眼は父親が違う兄と妹の物語である。新宿の隅っこで野良犬のように生きてきたのだろう、勝新太郎は獣のような男である。やくざである彼の唯一の社会性は妹大谷直子を育て上げることだろう。しかし、それはいつの間にか度を越し異様な束縛、執着に変わったのだ。美しい大谷直子を誰にも渡したくない。▼それに反発した大谷は奔放な行動にでるが、むしろ男たちのほうが彼女の美しさに囚われているように見える。教師川津祐介は大谷の誘惑にいとも簡単に陥落し、婚約者田村正和は全くの他人ながらも父親の養子なのだ。大谷直子は男たちを一様に狂わせる。それは勝新太郎も一緒ようにも見えるのだ。▼反社会的な男の異様なまでの妹への執着は、『暗黒街の顔役』、そのリメイク『スカーフェイス』でも描かれている。本作はそこだけをクローズアップさせて作られたのかも知れない。勝新太郎に野望はなく暴力人間ながら警察にはビクつく、大物にはなれないやくざなのだ。抗争のスケールも大きな構図ではなく、小競り合いの程度で単なる背景に過ぎない。本作は所謂ヤクザ映画ではない。任侠映画のような男の美学が描かれるわけではないのだ。ここで絶唱されるのは、そんな綺麗事な美学ではない。それは、絶対に口に出せない、声に出来ないこと、妹への愛である。▼勝新太郎は、大谷直子との結婚の承諾を得ようと訪れた田村正和を追い出す。幸せを破壊された大谷は逆上、勝に包丁を突き出す。殺したほど兄が好きだという大谷。刃を叩き落とし抱きしめる勝。おそらく彼はこの時彼女を女として愛していることに気付いたのだ。だが、大谷の告白は、むしろ彼にとっては失恋なのだ。何故ならば勝は、大谷直子を絶対に幸せに出来ないからだ。彼はただごろつきの悪党なのだ。まして妹を愛せば、犬畜生に劣る。▼道ならぬ愛ゆえか、勝新太郎はやけくそ気味に全弾標的に撃ち込み、そして何の抵抗もせずに銃撃を浴びる。彼はひと言も発せず絶命する。 やくざの絶唱。それは言葉に出来ない、心の叫びなのだ。