トラウマ注意。

美しくも残虐。崇高にして醜悪。ルチオ・フルチ監督が自身のベストに選ぶ『マッキラー』はそんな映画である。確かに誰にも真似の出来ない傑作である。自分にしか作れまいという自負が、作品に異様な迫力を与えているように見える。ジプシーの女が血まみれの物体を手にする開巻から、とにかく全編に死の匂いが充満している。過激な内容のため反道徳的で反社会的な映画に表面的には見えるが、ここにあるのは行き過ぎた道徳観の暴走なのである。町の住人たちはジプシーの女を疑わしいだけでリンチにかけ血祭りにあげる。その独善の蛮行は、純粋であるがゆえ狂気に陥り身勝手な犯行を繰り返す殺人鬼と代わりはしない。デコボコに尖った岩肌がその顔を抉り砕く無残な死に様に被害者たちの姿が交差するに至って人間が生まれながらに負っている原罪にまでこの物語の焦点は深まる。異形の恐怖映画は悲劇の高みまで達したのだ。
この映画を観てルチオ・フルチ監督を見直した。やけくそ気味な『サンゲリア』のような勢いはなく、少し長すぎる感もあるが、物語の骨格は意外なほどしっかりしている。『幻想殺人』のような話の無理も、引き伸ばしもない。不明瞭な箇所もあるものの脚本にも携わった監督のストーリーテリングの力量が見事でに発揮されている。この映画に感動する人はいるとは思えないが、生涯わすれられない衝撃が心に深く刻まれることには違いない。