誰に何を見られているのか。

見られている、と<い>が付くと思うのだが、語呂の良さを取ってわざとしたのだろう。そうでないと、この映画のトム・ベレンジャーのように間抜けである。原題も邦題の意味するところは変わらない。刑事トム・ベレンジャーは、同僚がすぐ隣で警護の任務にあたっているのを知りながらミミ・ロジャースと一線を越える。誰かに見られている人間たちの取る行動ではあるまい。
トム、ミミという魅力的なキャスティングながらもサスペンスとしても、恋愛ものとしても失敗作と言わざるえない。 昇進したばかりのトムは、ミミのセレブな生活に触れた為浮くかれてしまい全く有能な刑事に見えない。そんな奴にひかれるミミもわからない。彼女の方も既婚者トムがのめり込むほどの妖艶さはない。ミミは真面目で、恋人もいて、スタイルもゴージャスながら身持ちは固そうな雰囲気がある。物分かりがいいミミでは、危うさはなく『危険な情事』的ラブアフェアな官能性はないのだ。例えば『恋に落ちて』のようなプラトニックな関係だったら緊張感が出てうまくいったのかも知れない。この映画では成金女の火遊びにしか映らずトムがアホにしか見えないのだ。
そんな二人を尻目に、映画の当初はゴージャス・ミミの噛ませ犬的立ち位置だったロレイン・ブラッコが徐々に輝き出す。多少粗野ながらも素直に感情をぶつけて生きる彼女の姿はこの映画の中で一番光るのだ。この映画の後『グッドフェローズ』で飛躍するのは当然だろう。
そもそも犯人当てミステリ映画を思わせるタイトルそのものがおかしい。 映画の最初から犯人の目星はついているのだ。誰か、ではないだろう。犯人側も全く利にかなった行動をしないので、驚きはあるものの観る者をハラハラさせることはない。だからタイトルに込めらた本当に「見られている」のは、トムの浮気心なのだ。妻のロレイン・ブラッコからすれば、最初から簡単に見透かされていたのだ。