闇の奥。

『影なき狙撃者』は、アメリカ本国の方が圧倒的認知度を持つ傑作だろう。操り殺人人形の恐怖は観る者に強烈な印象を残す。劇中の暗殺事件も現実の事件を暗示するようだ。ドキュメンタリータッチでパラノイアと陰謀論が結びついく本作は終わらない悪い夢のように現実世界に溶け込む。
見終わってある違和感を感じ見落としたかと、英語版ウィキペディアにあたってみた。すると、ある映画評論家によるジャネット・リーについての鋭い指摘があった。つまりは、彼女も共産圏のエージェントだと。これが、違和感の正体である。
捕虜の時に刻まれたトラウマに苦しむフランク・シナトラは列車で偶然ジャネット・リーと出会う。大きな瞳でジッと見つめ、本名どころか、住所電話番号すら教え、さらに覚えたかどうか確認する彼女。紳士的は軍人だからと言って初対面でそこまでするだろか。恋人同士になり、やがてシナノラから結婚を申し込まれた彼女は、自分の出自は孤児だと告げる。そして宇宙人だと冗談で言いくるめるのだ。
もう一人、ローレンス・ハーベイの元婚約者も変だ。左翼思想の父を持つ彼女は、反共のハーベイの母親によって別れさせられた。その母親は、実は東側のエージェントで、陰謀の達成に手段を選ばない。ハーベイを呼びつける餌として、彼女は国外から連れ戻される。彼女は、ハーベイと再会する。トランプカードの着ぐるみ姿で。そんな格好でかつての恋人に会うだろうか。彼女は偶然を主張するが、ハートのダイヤは出来すぎだ。
事件が全て片付いた後シナノラは、ハーベイの輝かしい戦歴を語る。本当なのか。ハーベイは冷淡な男で、部下からの信頼も無いのだ。捕虜になった者の内、洗脳されたのはハーベイひとりだけなのか。悪夢に悩ませられるシナノラは、洗脳されてはいないと言えるのか。
『影なき狙撃者』は、ポリティカルスリラーであるがサイコロジカルスリラーの側面も光る。眠れる凶器であるローレンス・ハーベイは、同時に重度なマザコンでもある。母親にもいいように弄ばれるハーベイの運命に、家族という制度の崩壊が垣間見得るが、そのほかならぬ元凶は政治のイデオロギーなのだ。国家も母親も彼にとっては独裁なのだ。その混沌とした渦の中をローレンス・ハーベイは、ぐるぐると回って落ちていったように見える。