BE MY BABY。
 この映画の粗筋を読み、ある映画のことが思い浮かぶ。『ミーンストリート』だ。実際に、ビリヤード場での乱闘、借金まみれの疫病神のジャッキー・チュン、いとこの恋人のマギー・チャンだとか当てはめることができる。アンディ・ラウもハーベイ・カイテル系の顔つきである。
 英題を日本語にすれば『涙流れるまま』となるが内容とは合わない。センチメンタルな感じはなく、青みがかった画調で乾いた印象を与えるのだ。では、邦題はなぜ『いますぐ抱きしめたい』なのか。 
 かつての恋人と再会したアンディ・ラウは、幸せそうな彼女を見て、寂しさを覚える。ジュークボックスにコインを落とし『愛は吐息のように』をかけるアンディ。『トップガン』の挿入歌の中国語カバーだ。離れて暮らすマギー・チャンへの思いはつのり彼女の島に向かうアンディ。粘って待ち続けようやく再会するものの彼女には恋人がいる。二人は気まずく一旦別れるものの、心は決まっているのだ。失いたくない存在だと。それを確かめるように電話ボックスで抱き合う二人。音楽をバックに語られるこのシークエンスはこの映画の最も優れたところなのだ。まさに『いますぐ抱きしめたい』である。
 マーティン・スコセッシは『ミーンストリート』という映画全体を『BE MY BABY』だという。愛する人への思いが高まり弾けて溢れる、あの名曲だ。この映画のなか、アンディ・ラウとマギー・チャンはありったけの思いを唇でぶつけあう。二人の激しい胸の高鳴りが聞こえる。仮に『いますぐ抱きしめたい』を『BE MY BABY』と訳しても違和感はまったくないだろう。