長すぎではある。

  午後のロードショーで放送した広川太一郎吹き替え版『女王陛下の007』のジョージ・レーゼンビーのボンドは凄くいい。レーゼンビーのセリフの表現の弱さを広川の声だと感じないから、彼の表情の固さがかえってタフな印象を与えるのだ。広川太一郎の声には紳士的な余裕もうまい具合に加味されているためにボンドというキャラクターそのものにとても合う。ダイアナ・リグの田島令子も素晴らしい。ボンドガールというのが憚れるほどの気品が吹き替えでも感じられる。それでありながら声にどこか親しみのあり温和な響きがある。この二人だと、007映画がとてもロマンチックな印象を受けるのだ。この吹き替えバージョンは言語版に負けないくらい優れているように思う。

  『女王陛下の007』はとにかくアクションが素晴らしい。ゆったりし過ぎの中盤までの失点を全て巻き返すほどの出来だ。最後のボブスレーでの圧倒的スピード感は現在見ても色褪せない迫力がある。明らかに合成シーンが挟まれながら緊張感が緩むことがない見事な編集である。そして、これはレーゼンビーなくしては生まれなかったものなのだ。スタンドインだろうなと思いながも、この男だったらやりそうな雰囲気が彼にはあるのだ。後にも先にもそういう空気を持つボンドはいない。その反面、レーゼンビーのボンドには人間的弱さも見え隠れする。スキーでの脱出に成功したものの、スペクターの追跡は止むことはなく、ついに精魂つきて座り込むボンド。見つかり捕まるかも知れないが、身体は凍えて動けない。そんな彼の目の前に運命の女神ダイアナ・リグが颯爽と現れる。出来すぎた偶然がドラマチックに運命の愛へと昇華しこの映画に決定的な力をあたえるのだ。それ故にラストの悲劇は残酷なまでに哀しく切ない。復讐を誓うことさえ出来ず、今はただ涙を流し悲しみにくれるボンド。こんな姿ももまた他の007では味わえない。フロントガラスの弾痕が埋まる日は永遠に来ないだろう。一作だけのジェームズ・ボンド=ジョージ・レーゼンビーにのみ刻まれた愛の傷痕なのだから。