卵。
撮影所で偶然シナリオを手にした古尾谷雅人は一読感激して、俺に主役をやらせろと大森一樹に直談判したと、生前テレビで語っていた。かなりの長身の古尾谷は、監督のイメージとは違ったはずだ。だが、その体格ゆえに主役でありながらレイドバック、というかどこか周囲から二三歩引いた彼の存在はむしろ不器用に浮く上がる。したたかに人生の波をうまく乗り越えられないナイーブさがよく出ているのだ。
 『ヒポクラテスたち』は、有名無名問わず 出演者がピカピカと輝いている。その後有名になる役者も多い。監督の確かな審美眼の証だ。等身大であり自然体と感じる演出が研修医という馴染みのない世界とこちらとうまくつながるらせる。幻滅ゆえに戦わないノンポリ主人公は観客側と変わるまい。彼の行動は現在だと不謹慎ととらえられ批判されそうだが、ここにいるのは卵の状態の者たちの物語なのだ。医療の世界に向かって殻を突き破れるか、成長が必要なのだ。卒業後の登場人物の去就が報告されるが、ヒヨコになった者もいれば、孵化しなかった者もいる。一時的休養中の主人公古尾谷は新人の研修医に向かって野球ボールを投げ込む。「全て直ったんだ』とばかりに。再戦の宣戦布告なのだ。
 脇を固めた阿藤海、斎藤洋介も光るのだが、新人コンビ大森一樹監督古尾谷雅人共々鬼籍に入った。出演者がピカピカと書いたが映画そのものが金の卵のようにも輝いても見える。殻を突き破る意気込みが映画を鮮やかに彩るのだ。