エンドクレジットは、アイアンサイドがトップ。
 『面会時間』と邦題がかなり地味だが、メインの舞台である病院にかけた原題通りなのだ。英語だと殺人鬼が訪れる意味が感じ取れるが、面会では隠れてしまうのが残念だ。
  非暴力主義フェミニスト、リー・グラントに投書を無視され、逆恨みした異常者がひたすら命を狙ってつけ回すこの映画は、有名ハリウッド俳優たちを押し退けてマイケル・アイアンサイドの映画と言っていい。孤独な薄毛の殺人鬼である。それが格好良くすらあるのだ。
 リー・グラントは良心的ジャーナリストであるが多少癇癪持ちなのであまり観客の好意は獲られまい。早々マイケル・アイアンサイドに襲われ負傷病院送りとなる。そこに勤める看護婦は若く穏やかな美しいブロンドの女性、と対象的に描かれている。 手を変え品を変え何度も病院に潜入し目的の達成を目指すアイアンサイドと殺人鬼に怯えるグラントの攻防がメインのストーリーだけど、大声で喚くグラントより寡黙な謎の男アイアンサイドに肩入れはせずとも観客の興味は移る。砕けたビール瓶のガラスに腕を叩きつけるシーンを頂点に常人には計り知れない彼の狂気に眼を離せなくなるのだ。子供には危害は加えないとナイフを手放し微笑む彼は、もはや人の道には戻れない男の絶望の深渕さえ感じさせ恐ろしい。  
 正当防衛の暴力さえ反対だったグラントが、皮肉にもアイアンサイドを刺し殺す。これをリベラルという欺瞞の敗北、と単純にとる訳にはいかない。何事も杓子定規ではいかない。殺人鬼が幼少の頃偶然眼にした凄惨な暴力。そのトラウマに人格を壊わされたアイアンサイド。そんな殺人鬼のデスマスクが恐ろしくとも、どこか割り切れなさが残るのだ。