異常な映画に出てしまった美女。

『フライトメア』の監督ピート・ウォーカーの存在を知ったのは中原昌也氏の映画評からである。本作と『拷問の魔人館』を観たところで、沸き上がるのは感動ではなく不快感なのだが共に快作であることに間違いはない。
『拷問の魔人館 』の国内版DVDは、画面がレターボックス収録で小さく、画質も荒い。そんなざらついた闇の中を逃げてきる女の姿から始まるオープニングに、かつてテレ東で垂れ流しされていたB、C級映画の匂いが漂う。事実そうなのだが、私設刑務所という異常なアイディアでの一点突破の勝負は映画に強烈な力を与えたようだ。尻の軽そうな女たちを誘きだし、公的良俗に反するという意味不明な罪で断罪し、監禁する。厳格なモラリスト気取りの初老の女看守の恐怖政治が支配する監獄は、その実、若く美しい女を激しく憎悪し、いたぶる屠殺場なのだ。行き過ぎた規律順守が狂気を生んだのか、道徳の仮面の裏で悪行にふけるその欺瞞、醜さを暴くことこそ、このトラッシュ映画の志なのだろう。結末がおとなしいのだが、映画全体が何かを持っている印象が残る。もっとゴシックホラー的に撮れていたら、と錯覚が頭をよぎるのだ。
同じ脚本家とのコンビによる『フライトメア』は同年の製作とは思えないくらい洗練されている。と言ったら誉めすぎなのだが、ホラー映画としての出来はこちらが上だ。映画が進むにつれ謎のベールが少しずつ剥がれてゆく展開は、キャストの好演もあって緊張感が弛むことがないのだ。前作の看守役の女優が、主役の殺人鬼を強烈に演じてこの異常な作品世界を完全に支配している。観客側に立つもうひとりの主役の若い女性も、美しく芝居が上手でこの映画を安定的にドライブさせる。心疾患を偽っての殺人、カニバリズムはこの映画のキーなのだが、個人的には、占い師でもある殺人鬼がインチキだと見せかけて、実は本当の能力者だというところに、ピート・ウォーカー監督の世界観が見える。その皮肉は意図せず、偽りの殺人鬼など否定し、真のサイコの存在を肯定させるのだ。
それにしてもこの強烈なラストである。心に傷を負うほどのこのバッドエンドで、『フライトメア』はホラー映画史に名を残すことが出来るだろう。今や殺人鬼親子として娘であり姉に襲いかかるサイコども、その凶行になすすべもない無力な家長の姿に、彼女らを罰することの出来ない法律が読み上げられるのだ。この結末ゆえか、もう一度観たい気には到底なれない。『拷問の魔人館』で感じた可能性はここにはない。残酷さをエスカレートさせる以外『フライトメア』を面白くさせる術はないのだ。