宇宙は荒野。

殺し屋を乗せたシャトルの到着を脂汗を滲ませて待つショーン・コネリーにジェームズ・ボンドの面影は見事にない。別居中の妻子との会話にうっすら涙を浮かべる彼はスーパーヒーローではなく、使命感を糧に生きる古いタイプの中年保安官に過ぎないのだ。そんな自らの存在証明の闘いには共闘する者がなくても逃げる選択は許されない。彼はひとり敵に立ち向かう決意を固めたのだ。
『真昼の決闘』のSF版なのだが、グレース・ケリーのような美女は出てこないし、麻薬絡みの捜査のストーリーはかなり地味だ。しかし閉鎖空間である採掘基地を生かしたアクションとサスペンスは見事である。特撮ギミックの撮影もスタイリッシュに撮られて格好いいし、基地の空間のデザインも現実的で雰囲気を壊さない。コンピューター通信よる検索や複数台のカメラによる監視技術などがプロットにうまく組み込まれていて現代の眼で見ても驚くほど不自然さはない。宇宙が舞台の映画でも武器はあくまでショットガンという当りの監督の拘りが心憎い。
『アウトランド』は、スペースオペラを想起させるSF版西部劇という言葉がついてまわり損をしているように思える。本作は立派なSF映画である。クライマックスの対決も銃の撃ち合いではなく 大気圏外の設定をうまく生かしたものになっている。ただ、物語上非合法で非人道的労働で富を築く巨大企業は解体されない弱さがある。それはつまり、かつて人々が西部開拓の名のもとに移動していったように 、彼らは資源採掘のため新たなる惑星侵略を止めることはないということなのかも知れない。ということはその意味で本作は西部劇なのだ。ゲーリー・クーパーがバッチを投げ捨て街を出た行ったように、手助けもせず正義に無関心な卑劣な人間たちがどうなったところで知ったことではないのだ。