戦争とは歴史を葬り去ること。
 劇中発せられる上記の言葉通り、クライマックス、古城が美術品もろとも破壊される。薔薇園は踏み潰され、彫像は銃撃で砕け散る。庭園一面火の海になって燃え上がり、歴史を刻んだ文化物は葬られるのだ。
  『大反撃』はアメリカ軍の小隊のジープがエンコし、古城にとどまりるところから始まる。城を背にドイツ軍と破滅的な死闘を繰り広げるのがクライマックスなのだが、待機のなかでの奇妙な出来事が描かれるのが独特である。ピーター・フォークはパン屋の主人になり、禁欲的な兵士は、絵画の女の誘惑の幻視を見る。フォルクスワーゲンは何故か水没を拒否し、評論家である上官の高尚な芸術講義も兵士たちによって下劣な下ネタに落とされる。厭世観から生まれるユーモアは『マッシュ』に似たものがある。
 シドニー・ポラック監督はベトナム戦争を意識したそうなのだが、異文化の侵略者の破壊行為を仏教圏のアジアに変えてみると監督の意図はすっきりと通る。つまり、戦争の本質は陣地取りではなく、文明の破壊なのだ。そして、そんな芸術の破壊という禁じられた行為を、恐ろしくもはかなく とらえたアンリ・ドカエのカメラは、あまりにも美しい。観る者を魅了させ、同時に震撼せしめるのだ。