いつかラストで涙する日が来るかも知れない。

今は無き大井武蔵野館を満席にさせた伝説の曰く付き映画も令和の現代ではいつでも気軽に鑑賞できる。フィルム に雨が振りまくり、画面が飛びまくる、あのズタボロ映画はここにはない。しかし、ある種のマジックが消えたような、なんだか寂しい気持ちもあるのだ。
あのラスト、劇場では爆笑が起きた。初見の私はただ唖然とすることしかできなかったが、他の観客の反応には違和感があった。嘲笑、馬鹿にするような笑いだったからだ。石井輝男監督からすれば無反応よりはよかったかもしれないが、私は、例えば叩くために『デビルマン』を観る人間のさもしさが許せない。ましてや、この映画においては、奇形を嘲笑うことになるかも知れないのに。
改造人間の王国建設を夢見る土方巽の狂気は、この世を全て「白く」塗りつぶす。奇形で生まれ愛されもせず、愛することすら拒否され、呪われたその身を苦悶するようにくねらせ天に呪詛を叫ぶ。その絶望的姿こそまさに「孤島の鬼」なのだ。
モノローグを多用した強引なストーリーテリングで、いろいろ欲張った分、特に終盤小池朝雄の暴走で大きく横滑りを起こす。そして、そのまま人間花火のラストと突っ込んでいく。主人公たちの身体が、花火と共にバラバラに飛び散り、爆ぜる様は彼らの地獄の終わりなのだ。親を呼ぶ声がこだまするこのシーンに天国への扉がうっすら見える気がする。悲しいハッピーエンドに笑う気は起こらないと思うのだが。