タブルの皮ジャケットは似合ってます。
 タイトルバック、長い壁と並走する車の行く先は刑務所である。バレーボールに興じる囚人のなか筋骨隆々の背中が映し出される。三島由紀夫のファーストショットである。なかなかハードボイルを期待させるオープニングではないか。しかし、喋り始めると 途端に世界はひび割れる。細い声でアウトローを気取るぶっきらぼうなセリフ回しを、監督増村保造は素人だからとカバーすることはない。甘やかさずにひとりの俳優と扱うその姿勢は、彼を晒し者一歩手前まで放り出す。三島由紀夫の演技の膠着感は映画そのものも停滞させてしまう。 
 しかし、若尾文子の登場によって映画はにわかに弾み出す。天真爛漫に揺るがない自我を表現する若尾の前で三島由紀夫も引きずられたかのように生気を得る。遊園地でデートするシーンなどかなりいい。やくざをからかう若尾と遊具に乗っかる三島の姿の可笑しさ。あるいは、拐ってきた子供と戯れるシーンの無邪気さ。彼の中の純粋さ、拭いきれない育ちの良さが垣間見える。この映画の美点なのだが、残念ながらジャンル映画としてはマイナスに働くのだ。
 菊島隆三のシナリオはおそらくアンダーワールドの非情さと無常に散る命がディテールのリアリズムによって描かれていたのだと思う。アクションシーンに折り込まれたであろうアイディアもちゃんと生かされるように映画内で描かれている。だが、革ジャン組長三島由紀夫にリアルさはない。チンピラにしか見えない。血色のいい健康的な若尾とのカップルには社会からはぐれた者の暗さはない。ラスト、彼は隙をつかれ銃撃され、エスカレーターの上で衆人の前で醜態を晒し絶命する。 その脇の甘さ、勝負弱さ、そこからくる破綻は美の求道者としての三島由紀夫の未来をはからずも告げているようにも見える。