夫に見られた!?

夫はなにを見たのだろう、と妄想が膨らむタイトルだ。ポスターにも使われたこのスチールショット。この場に出くわしたのか?あるいは夫がストーカー?寝取られは男の悪夢であるが、そこにマゾヒズム願望が隠れている。だから、タイトルにいかがわしい響きが感じられる。実際は内容とあまり関係ないのだが。
金と愛、というか性愛。若尾文子のヒロインは男の目の前で二つを天秤に掛け勝負に出る。現実ではあり得ないだろうが、これは劇なのである。増村保造の映画を観た者は、さまざまな人間の自我を目の当たりにする。同調圧力に屈することとは無縁の強烈なものを。
『清作の妻』『やくざ絶唱』『大地の子守唄』共々主人公を破滅へ向かわせるほどの情熱をエゴイズムの言葉で片付けたくはない。エゴには損得勘定の計算高さがあるが、増村映画の男女は突き動かされた情動に潔く従っているだけなのだ。常識を持たない彼らの行動はひかり輝く。
血まみれのラストは凄まじいが、初見時はメロドラマの印象しか残らなかった。ひさしぶりに再見して、この映画に日活ロマンポルノの源流も見えた。肉体の欲求不満から不倫に走る女。対照的な札束に狂った無機質な現代の社会構造。そこに戦いを挑むような女の肉感的な愛の行為は新たな世界へのイニシエーションとして機能する。しかし、そんな本作の若尾文子よりむしろ岸田今日子の方が強烈なのだ。嫉妬をこじらせ狂った女は『この子の七つのお祝いに』の狂女に直結している。情熱の炎に焼け尽くされた絶対零度の愛のテロリスト。俗世とは隔絶した孤高の姿は、男にとっても女にとっても悪夢かもしれない。