ひとり狼。

加藤泰監督・安藤昇主演『懲役十八年』を観ていて、ふと『ラ・スクムーン』のメロディが頭をよぎる。どちらも半監獄映画であり、ともに法の外に生きる者たちの哀歌が奏でられるのだ。
『ラ・スクムーン』は、『暗黒街のふたり』のような救いのないリアリズムの視点で貫かれた作品と違って、ノスタルジックなまでに友情やロマンが描かれる。この映画に貼り付けられたヤクザ映画、任侠物のレッテルはあまりポジティブな意味ではない。ジョゼ・ジョヴァンニ監督が上手いかどうかは別にして、本作は彼の思いのたけを込めた映画だと思う。例えば冒頭、ジャン・ポール・ベルモンドの蒼い瞳にクローズアップしていくカメラワーク。通常ではやらない画面構成だ。だがむしろこの瞳のショットにこそ『ラ・スクムーン』の映画の特異さを示すものがある。死に行く者たちの記憶を刻み込む瞳はどこまでもみずみずしく澄んでいる。アウトロウ、国家や法律から離れた者によって、人間にとって本当に大切なものがはっきり描かれるのだ。ラスト、かけがえのないものを失った死神「ラ・スクムーン」は、手元のありったけの金を老人に与え、死地に向かう。その後ろ姿は、社会に帰属し、常識をひたすら準拠する方々には到達出来ない、絶対的な境地である。まさにひとり狼の肖像と言えるのだ。