マリリン・モンロー・ノーリターン

「マリリン・モンロー・ノーリターン。この世はもうじきお終いだ」野坂昭如の歌唱によって厭世観には皮肉なユーモアが漂うが、余命幾ばくもない菅原文太にとっては辛辣に響くはずだ。組織の的にかかった伊吹吾郎と渡瀬恒彦、根無し草荒木一郎にとっても。これはどんずまりの男たちの挽歌なのだ。
正直、菅原・伊吹・渡瀬が、組織に噛みついたところで話に新鮮味はない。映画は、彼らを撹乱させ、導火線に火をつける小池朝雄とその対極にいる荒木一郎によって動かされる。
膨大な資金源をバックにした鉄砲玉小池朝雄は、岐阜に降り立つ。札束を見せびらかし、仕立てのいいスーツに身を包み、女たちをろうらくさせていく。2挺拳銃のダークヒーロー。モデルは夜桜銀次か。
モグラとあだ名されている貧乏人荒木一郎には気になる花売りの女がいるのだが、彼女も小池の手に落ちる。金の力によって。それを知り彼は呟くように唄う。「マリリン・モンロー・ノーリターン。この世はもうじきお終いだ」。彼のマリリン・モンローは、いなくなったのだ。
そんなモグラが小池を倒す。ジャイアントキリングを達成する。殴り込みのメンバーにも加わるが小便のあいだに置いてけぼりにされ、結局生き残る。ひとりバーでレコードをかけるモグラ。「マリリン・モンロー・ノーリターン。この世はもうじき終いだ」。映画スター・マリリン・モンローのようにキラキラとした輝いたものは消えた。哀しき者のやけくそのお祭り騒ぎが終わったのだ。
中島貞夫監督はやくざ映画における重要なのは「飢え」だと語っている。持つ者である小池朝雄を持たざる者荒木一郎が倒すことは物語の意外性以上の重要な意味がある。大金を目にして自制心を失い八百屋に引っ掛かった渡瀬恒彦の仇討ちは、作劇的には愛しい女を侮辱した罰でもあるのだ。しかし、『血桜三兄弟』においてはかろうじて咲かせた充たされない者たちの桜花も、後年の『総長の首』では粉々に踏みにじられたしまうのであった。