田原のセメント産業と先人たちの遺産  

田原市豊島町、田原市の敷地内に、ひっそりと残る煉瓦造りの構造物がそびえ立つ。

かって田原町(現田原市)の基幹産業を担ったセメント工場の歴史を知る遺産だが、崩れかけ、緑に覆われつつあるその姿は、古い城門か、高い塔の根元部分のようにも見える。

実はこれは、明治中期から大正の終わり頃まで使われていたセメント焼成用の竪窯の下部。内径3.6~4メートル、高さ11.6~13.9メートルの徳利型の窯でよく見ると、焚口と掻き出し口、そして煙道でつながる窯底が残っているのがわかり、長い時間の流れの中で風景に溶け込み車で通りすぎるだけでは見落としてしまいそうな遺構ですが、産業遺産としては非常に貴重なもの。(田原市文化財指定)そして、田原市在住のセメント工業に携わってきた人たちにとっては、それ以上の価値を持つ愛着の深い窯である。


(東洋組の事業を受け継いだ三河セメント会社    徳利窯の一部(田原市文化財指定)

 時代の徳利窯。1924年(大正13年)迄活躍した。)

 

セメントになる主原料は石灰石で元禄4年(1691)徳川幕府5代将軍綱吉の時代に白谷の

庄屋が藩主に石灰の製造を願い出て白谷(元西部小学校付近)で石灰製造が始まりで、慶応の末年(1867)には藤七原の石灰石の採掘場で窯をつくり、藤七原の藤城冶衛門氏他4名と柳町の広中弥七氏が焼き出し製造していたが、その後多くの人がこの事業を試みたが長続きしなかった。石灰事業は明治40年(1907)三河石灰㈱によって五軒町(現在仲四鮮魚店付近)に

生石灰用徳利窯2基が昭和初期まで稼動し肥料用に製造された。     

生石灰を使った実績や技術、豊富な資源があったこともあり、国産のセメントづくりを地域の産業にする狙いで、明治15年(1882)二ツ坂で東洋組を設立し田原藩の藩士救済産事業として始めた、当時の愛知県令・国定廉平(くにさだれんぺい)の命を受け、江戸北町奉行・遠山金四郎(遠山の金さん)の娘婿の斉藤三平(北海道函館(夷蝦開拓)で三平汁)の長男、斉藤實堯(さねたか)である。その東洋組の初代社長として田原藩の武士たちと共にセメント事業を盛りたて、田原の産業革新の基盤を造り、日本の近代化を支える重要な役割を果たした。

東洋組でのセメント製造も生石灰と汐川の泥粘土を混ぜて乾燥し、石炭で焼成した後に篩にかけた微紛(セメント)を樽に入れて販売していた。セメント製造も難しく試行錯誤により1年後の明治16年に理想の製品が出来上がり、名古屋の鉄道や豊橋の歩兵18連隊の兵舎、神奈川県浦賀水道観音崎砲台の基礎にも使われた。斉藤氏は責任者としての経営にあたり3年ほどではあったが創業の辛苦をなめ、製造に研究に販売に懸命の努力を尽くした。その後の東洋組の経営は奮わず四日市の水谷孫左衛門に引き継がれ、汐川河口の豊島地区に徳利窯を9基建設。東洋組から営業名を三河セメント会社に改め事業拡大していたが、不況によりセメントの権利は渋沢栄一に渡した。渋沢栄一は浅野総一郎に委託、営業名を三河セメント工場に改めて経営を続けていた。徳利窯での焼成も明治22年(1889)から大正13年(1924)までの35年間稼動していたが、生産効率のよい回転窯に取って代わり、徳利釜の使命は終わりました。工場の経営者の変遷で田原石灰株式会社から三河セメント株式会社、更に昭和18年に小野田セメントが承継し、1号キルン、2号キルンと増産体制により戦後の高度経済成長期を支えてきた。

増産につれ鉱山からの採掘方法も傾斜面採掘からベンチカット工法にとって変わり、石灰石運搬もトロッコ、ケ-ブル,牛車等からダンプトラックに切り替り、道路拡張、産業道路新設にと半世紀間隆盛を極めたが、経済成長期が終わると、セメントの需要減少は止まらず、工場は生産縮小に転じた。不景気で業界再編が進み、昭和62年(1987)三河小野田セメント株式会社としてセメント製造を継承した後、平成14年(2002) 120年間の地域産業としての使命を終えた。その工場が最後に作ったものは、[エコセメント]ゴミの焼却灰、下水汚泥を原料とする資源リサイクル型のセメントの実証実験場として、21世紀の日本の産業が最も得意とする環境に優しい新たな素材も田原の地から誕生しました。

参考文献 三河セメント社史、小野田セメント製造(株)50年史、田原・赤羽根史

小野田セメント100年史、田原区文化誌[蔵王]

セメント産業とその歴史を紹介する田原セメント産業会館内には、セメントを製造していた当時の写真をはじめ、破砕機など工具や機械類、国内で採れる数少ない鉱物資源として知られる石灰石、岩石標本など、関連資料を館内に展示しています。

場所は田原市田原町巴江3番地1(博物館の駐車場真向・歩道橋横)

名称は田原セメント産業会館  ( 田原物産センタ-内・ TEL 0531-36-5188 )                  

                      田原セメント産業会館