はじめに
私の自己紹介を。
30代
コロコロ太った主婦
好きなことは、音楽・お笑い・映画・ドラマ鑑賞♪
星野源さん大好き。
あと今更ながら、嵐にどハマリ中♡
芸人さんは、和牛、ラニーノーズ、好きです( ఠ͜ఠ )
家族は
年下オット
3歳ムスメ
3人家族
仕事はしていません。
大学で保育士資格をとって、結婚するまでは保育士をしていました。
ムスメは私の療養を理由として、0歳3ヶ月の赤ちゃんの時から保育園に通っています。
◎診断名
双極性障害Ⅱ型
パニック障害
◎12年前頃に、頻繁にパニックを起こすようになり、初めて心療内科受診。
酷かったので、受診後すぐにストレスケアができる精神病院に入院。
退院後は最初にかかった心療内科に通って投薬治療を続けていました。
そこは個人の小さなクリニックで、母親がお世話になっていたことから私もかかっていたのですが、先生は特に診断名をつけず、「なんだろねー」と。
必要であればその時々、診断書を書いてくれましたが、「不安症」「睡眠障害」「パニック障害」…
いつも違うことを書かれ、私って一体なに????という状態でした。
でも、そのときは他の病院に行くという頭もなく、ひたすらに最初のクリニックを信頼して通っていたのです。
通い始めて7年。
些細なことで頻繁に起こるパニック。
極度の不安。
気分の激しい波。
ふとした時に起こる「死にたい」気持ち。
投薬していても全く改善されず、日々を過ごしていました。
まだ結婚もしておらず、仕事をしないといけなかったのですが、不安が強く出るため全然仕事が続かず、職場も転々としていました。
こんな人生嫌だな、ずっと続くのかな。
当時、同棲をしていた今のオットとの間にも、些細な言い争いから酷いパニックを起こし、家を飛び出して裸足で何駅も先まで走り続けたことも何度もありました。
もちろん、警察沙汰にも。
あるときパニックを起こした時に、過換気症候群をおこし、オットが救急車をよびました。
日中だったので、かかりつけだった心療内科クリニックにとりあえず運ばれ。
そこでクリニックの医師が、憔悴しきった私に対して「いい加減にしろ!」と怒鳴ったのです。
どれだけ私に迷惑かけてるかわかってる?と。
自分で自分の感情をコントロールできず、なんでここまでパニックを起こしているのかもわからず、ただただ辛かった私には、怒鳴られたことは衝撃でした。
「あ、この人は味方じゃない」
そう覚って。
もう、この人には診て欲しくない。
その後、オットと色々と調べ、今通っている心療内科を知りました。
もうとにかく名医と言われる先生がいるところに、と思い。
幸い、そこですてきな医師とも巡り会え、診断もしっかり付きました。
適切な対応をしてくれています。
また心理士による定期的なカウンセリングを受けたり、マインドフルネスを経験できたりしています。
そこに通うようになって5年。
医師や心理士のお陰で、パニックを起こすこともほとんど無くなりました。
警察沙汰になるような衝動行動も、最近は起こしていません。
もっと早く病院を移る決断をしていれば。
もっと早く診断名を知って、自覚して、適切な対応を受けていれば、死にたいくらいしんどい時期を少し短くできたのかな、なんて思うこともあります。
でも、今現在を考えて。
いまの病院では診断名もつき、障害者手帳を持ったり、障害年金ももらえるようにもなって、自分をよく知ることで国や自治体の制度をうまく利用できるようにもなりました。
オットとも無事に結婚し、ムスメにも恵まれました。
あのとき病院を移る決断をしたのは間違いではなかった!!
今現在は毎週の通院で、投薬とカウンセリングを受けています。
~~~と、こんな経緯をたどっています。
長文、読んでいただきありがとうございました( ⸝⸝⸝ᵕᴗᵕ⸝⸝⸝ )