「その人がそれを正しいと思うのであれば、あくまでその人にとっては、そうなのかもしれないですね。」

って話を昨日、チャットでしたら。

なんか不満があるみたいだったけど。

具体的にどういう内容だったかというと、「誰かのために働く」ということね。

あくまで自分がそういう信念で、自分が勝手にそうしている範囲ではそれでいいと思うのだけど。

それを他人にも求めると、いろいろ問題が出る。

基本的に人間本性からすれば、人間は、実際のところ、

せいぜい、自分と、自分と血のつながった子供のことくらいしか考えられない。

ひいては自分自身の利益のために、時には他人と協調することもあれば、また離反することもある。

そういう存在だ。

「誰かのために働くべきだ」なんて大言壮語をブチ撒いてるような人間でさえ

いざというときは、誰かの犠牲のもとに自己保身に走るのが一般的だ。

だから、認識不足で自分すらも欺いてるご立派な理想論なんかで、

まず、他人を支配しようとすることが間違いであって

あるいは、それを安易に受け入れてそんな人間の支配下に入るのが適切なのかどうか、

各自で冷静に政治判断しなければならない。

結局人間にとって正義とはなんなのかというと

「それぞれの立場における、それぞれの利益こそが、それぞれにとっての正義である。」

「そのために自分が利用できるもんはなんでも利用しとけ。」

こんな話でしかない。

その実現のために誰かの支配下に組み込まれることが正解と判断する人もいれば、

そう判断しない人もいる。

人間が他人からの一定の支配を受け入れるのは、その人に依存したいところがあるからである。

「利害関係なんかじゃない!信頼関係だ!」なんて叫ぶ人もいるけど

誰と信頼関係を結ぶかにそもそも利害関心が関係しているのではないだろうか。

普通の一般会社員が、誰とでも・・・・・

例えばその辺にいる浮浪者に自ら積極的に信頼関係を築きに行くだろうか。

まずしないわけで、自分が自分の何らかの利益のために関係を築きたい人に、自らすり寄っていく。

自分を人事評価する権限のある上司と信頼関係を結びたいとか。

業務を円滑に回すために自分の管理する部下と信頼関係を築きたいとか。

自分の目的にとって必要な相手と信頼関係を結ぼうとするのではないだろうか。

そこには何らかの広義の意味での自分の利益が関連しているのではないだろうか。

今その場の自分の不満を解消することだけのために

政治に関して議論するのが正義だという観点の人もいれば

自分の今その場の快感追求のために政治に期待するのが正義だという観点の人もいれば

中長期的な社会秩序の安定の確保のために必要な政策を取るのが正義だという観点の人もいれば

自分のカネと権力を追求し続けることが自分にとっての正義だという観点の人もいるかもしれない

今その場の最低限度の生存権の確保こそが正義だという人もいれば

ほんと、その人がそれを正しいと思うのなら、その人にとっては、そうなのかもしれないですね、

そんなことでしかないと思うのだけれども、

昨日の、「それはずるい」とする批判の意味が俺にはさっぱり分からなかったけど。