もうどうでもよくなった呪縛 | モーレツ!原恵一映画祭in名古屋のブログ

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2023年12月23日(土)~12月29日(金)
シネマスコーレ(名古屋駅前)にて
原恵一監督『かがみの孤城』上映決定!!

12月23日(土)には
ゲストに原恵一監督をお招きし、
『かがみの孤城』舞台挨拶付き上映
&
開城一周年 原恵一監督トークイベント
開催します‼️

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 先月7月30日(金)より全国公開中の『映画クレヨンしんちゃん 謎メキ!花の天カス学園』ですが、皆さんはもうご覧になられたでしょうか。私も公開初週と2週目のお盆前と、2回鑑賞しました。

 既にクレヨンしんちゃんファンの方々を始めとした、内容の良さに関する口コミがジワジワと広がり、普段は映画クレヨンしんちゃんシリーズを観ない映画ファンまでに波及し、盛り上がりを見せています。

 

 そんな中、私は公開直後、本作に対して「オトナ帝国、戦国大合戦以来の傑作」「オトナ帝国の呪縛からの解放」というような言い回しをSNSで多く目にしました。良い評価だというのは間違いないのですが、何故そこまで特定のタイトルに囚われる必要があるのか、自分にはよく理解できませんでした。


 確かに原恵一監督作の『オトナ帝国の逆襲』や『戦国大合戦』は映画クレヨンしんちゃんシリーズを代表する作品なのかもしれませんが、率直に言いますと、そうなり得たのは従来のシリーズとは別次元の場所に存在するというか、それまで毎年のように映画クレヨンしんちゃんのストーリーのアイディアを考え、やがて出し尽くした末に辿り着いた、監督自身の個人的な思いがフィルムに映ってしまった番外編のような作品になったからではないかと感じています。

 

 第1回の原恵一映画祭のトークショーでも仰ってましたが、当時は作品をある程度自由に作ることが出来た制作体制だったため、原監督は「絶対にやりたかったもの」(万博や主要キャラクターの死の描写など)をブレることなく劇中に落とし込むことが可能でした。制作途中に内容をチェックされることも、変更を強いられることも全くありません。

 『オトナ帝国』の、しんちゃんがタワーの階段を一気に駆け上がっていくクライマックスは、原監督がそのシーンの絵コンテを考えているときに、TV局のプロデューサーがアイディアを提案して生まれたくらいでした。冒険的なことを思いつくのは、何も原監督を含めたシンエイ動画のスタッフだけでは無かったのです。それくらい風通しが良かったのかもしれません。

 関連会社の上層部からは「こんな不愉快なものは初めてだ!」という不評もあったそうですが、それは作品が完成した後の意見でした。作品自体の強度は決して弱まらず、説得力も薄まらず、そのままお客さんへ訴えたいことが直に伝わっていったのです。結果として受け入れられ、高い評価に繋がっていったといえるのかもしれません。

 なので、「今」の映画クレヨンしんちゃんとを比較してしまうのは、あまりにも制作の状況が異なってくるのではないでしょうか。

 

 さらに「呪縛」という呼び方が分かりかねる理由は他にもあります。


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 今作を監督した髙橋渉監督は、『オトナ帝国』『戦国大合戦』では制作デスクとして携わられた中で様々な苦労を経験され、演出術に関しては『栄光のヤキニクロード』『夕陽のカスカベボーイズ』を監督した水島努監督に師事されてきました。

 そのことは、洋泉社より2018年5月に発行された『別冊映画秘宝 アニメ秘宝 発進準備号 オールタイム・ベスト・アニメーション』に掲載されたインタビューで、詳しく言及されています。

 その中で髙橋監督は「原さんや水島さんの、アニメーション演出としての集中力や熱意になんとか近づきたい」と述べられ、さらには「作り手が、びっくりさせてやるぞ! とか、これは観たことがないだろう! という気持ちを持ってないと、しんちゃんは面白くならないと思っている」とも述べられていました。

 お二方のプロフェッショナルな部分を意識しつつも、髙橋監督はご自分なりにクレヨンしんちゃんを開拓していく強い決意を持たれていることがうかがえます。

 

 やがて髙橋監督は2014年の『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』で映画クレヨンしんちゃんシリーズの初監督を飾り、以降は橋本昌和さんとほぼ隔年でシリーズ監督を交代しつつ、2016年に『爆睡!ユメミーワールド大突撃』、2018年に『爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』と、SF、家族愛、友情、アクションといった多彩なジャンルを絡めながら、質の高いしんちゃん映画を手がけられ、高い評価を受け続けてきました。


 個人的に『カンフーボーイズ』で、皆が皆、橋幸夫の『ジェンカ』に合わせて踊るクライマックスには涙が止まらず、それを止める術も分からないまま、呆然とスクリーンを眺めていました。今まで観たことのない、しかし子供目線だからなし得た、完璧な非暴力の表現に衝撃を受けたのです。

 先述のインタビューを髙橋監督が受けられたのは写真から分かる通り『カンフーボーイズ』の制作後。

「びっくりさせてやるぞ!」「これは観たことがないだろう!」という監督の開拓精神は、既にはっきりと作品として形になっていたのではないかと思います。

 

 そして2021年、『謎メキ! 花の天カス学園』。

(C)臼井儀人/双葉社・シンエイ・テレビ朝日・ADK 2021

 

 髙橋監督の前作『爆盛!カンフーボーイズ〜拉麺大乱〜』に続いてタッグを組まれた、うえのきみこさんの脚本は細部にまで冴え渡っており、一見ギャグのようなシーンにもしっかりと伏線を張っていく手腕(勿論、お子さんが観ても無理なく分かる領域で)はお見事で、ミスリードの巧みさで緊張感を持続させながら、物語をグイグイ引っ張っていきます。

 上映前はポップコーンを抱えて嬉しそうにしていたお子さんが沢山いたはずなのに、上映中はずっと物音が聞こえて来なかったのは、皆が皆、ストーリーに夢中になっていたということだったのかもしれません。

 

 髙橋監督はビジュアル作りにも抜かりがありません。カスカベ探偵倶楽部の面々のみならず、天カス学園のゲストキャラクターの一人一人の表情やちょっとした仕草の全てに意味を持たせる演出には、彼らに優しく寄り添っているような、確かな愛情を感じます。

 その丁寧な積み重ねがあったからこそ、学園を牛耳るAI オツムンの怒濤の問いかけに対する答えの数々と、徐々に剥き出しになっていった、しんちゃんと風間くんが互いに本音を吐露するクライマックスに共感が出来るのです。そこから、「生きていくために必要なこと」に関する強烈なメッセージもダイレクトに伝わってきます。

 シリーズ監督4作目となった本作『花の天カス学園』で、髙橋監督は「今」のしんちゃんたちで改めて何が伝えられるかを、堂々と提示してみせたのです。

 

 映画クレヨンしんちゃんシリーズの集大成にまで達したのではないか! と断言したくなるほどの感動を覚えつつも、私自身、胸を締め付けられ、掻きむしられ、えぐられ、感情的になりながらスクリーンの中で活き活きとしている皆にずっと釘付けで、最後は何か祈るようにエンドロールを見送っていました。

 上映終了後は、まるで水を打ったような静けさ。そして徐々にざわめく客席。

 幼稚園から小学校中学年のお子さんたちからは隣で一緒に鑑賞していた親御さんに向けて、様々な「面白かった~」「笑っちゃったー!」の声。その気持ちは親御さんも同様だったのか、どの家族連れもなかなか席を立ちません。

 誰もが余韻に浸っている状況という光景が客席の端から端まで広がり、スクリーンの外に出るのも名残惜しいくらいに温かく穏やかな雰囲気で場内は満たされていました。私もそのうちの一人でした。


 少し前とでは制作体制がきっと違うにも関わらず、青春の定義についてすら考え直してしまうような、それこそ「びっくりするくらいに、今までのしんちゃんで観たことのない」意欲作を目の当たりにしてしまうと、本作を、これまでの作品のように『オトナ帝国』『戦国大合戦』と同列で語ること自体が古いことになってしまっている気がします。


 髙橋監督が過去作に囚われず、これからも新たな驚きのために、映画クレヨンしんちゃんの見果てぬ先を開拓し、前へ前へ進んでいくだろうと、『花の天カス学園』を観て、改めてそう思えたということ。それがもう一つの理由。

 

 呪縛なんて、そんなもの、もうどうでもいい。




『モーレツ! 原恵一映画祭in名古屋』

 高橋 義文

 

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