まだ、マグマのスープのような感想 | モーレツ!原恵一映画祭in名古屋のブログ

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2023年12月23日(土)~12月29日(金)
シネマスコーレ(名古屋駅前)にて
原恵一監督『かがみの孤城』上映決定!!

12月23日(土)には
ゲストに原恵一監督をお招きし、
『かがみの孤城』舞台挨拶付き上映
&
開城一周年 原恵一監督トークイベント
開催します‼️



 さて、原恵一監督の最新作「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」の公開日まであと僅かに迫ってきました。全国の原恵一ファン、アニメーションファンならびに映画ファンの方々におきましては、5月9日という日が待望の日であり、特別な日となるのではないでしょうか。

 個人的な「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」の感想ですが、まず真っ先に思ったのが、今すぐにもう一度観たいという欲求でした。もはや感想ではないですけど。3月に開催されたTAAFでの原恵一監督と樋口真嗣監督とのトークショーの中で、樋口監督が「まるでマグマのスープのようだ」と本作を形容されていましたが、観終わった直後はまさしくそんな、“まだ固まってすらいない、不完全な気持ち”を、とにかく吐露したくなる思いで一杯になるのです。試写室の会場が明るくなり、私と柴田の周りに座っていた方々が続々と立ち上がり、宣伝会社の方に「面白かったよ」と挨拶をして帰られる中、素直には席を立ちたくない、名残惜しいという気分に駆られました。恥ずかしいことに、具体的な感想はまだ固まっておらず、先の名古屋・合同取材で原監督と談笑した時も、緊張と相成って「とにかく、もう一回観たいです」としか言えず。今思えば、何て失礼な言葉なんだろうと非常に後悔しています。しかし、ただただ“アニメ映画”ではなく“アニメーション映画”を観られたのだという充足感や快楽で満たされていたのは揺るぎ無いものでした。

 とにかく、あっという間の90分。例えば「オトナ帝国」で味わい知った上映時間90分の魔法とはまた違う、格別で上品な時間をお栄と一緒に共有出来るはずです。まず、原作の杉浦日向子さんが愛したロック調の音楽(それもローリング・ストーンズのような正統派)。江戸の町並みとマッチングしてないであろう曲調がかえって、現代と江戸との垣根を取り払っているかのようです。名古屋の合同取材でも仰られていましたが、「百日紅」には侍やチャンバラもなく、「河童のクゥと夏休み」のように冒頭でいきなり血しぶきが飛ぶ、といったことは起こりません。我々と変わらない毎日を過ごす人々と、それを取り巻く妖しい存在が当たり前のように精神的に共存している世界の煌きが織り成す、豪奢で、哀切で、慈愛に満ちた日常絵巻なのです。家屋の中での会話の際も、その外から仄かに聞こえてくる生活音でさえ、愛すべき日常の一つ。まるで今現代と何一つ違っているものなどないと云わんばかりの細やかさ。Production I.Gのスタッフの尽力で精微に描かれている江戸の町の風景も素晴らしいのは勿論なのですが、音の一つを取っても、本作に対するこだわりは生半可なものではないことが分かります。


※以下の文章には「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」本編に対する言及が若干ながら含まれていますことを御了承ください。苦手な方は御注意くださいませ。決定的なネタばれはしておりません。
 

 そして、特筆すべきはお栄とお猶の姉妹関係。原作では、お栄の妹・お猶は「野分」というエピソードに1回だけしか登場していません。さらに、その結末も実に呆気ないものでした。いや、あまりにも救いが無かったといってもいいでしょう(そもそも安易な情緒に走らないのが原作の強みなのかもしれませんが)。クレヨンしんちゃんにしろ、河童のクゥにしろ、カラフルにしろ、家族に重きが置かれた作品を手掛けた原監督がソッと手を差し伸べたのが、そんなお猶という存在でした。90分という制約の中で、「野分」のお猶を「百日紅」本編の主軸にしたのは、原監督ならではの優しさなのかもしれません。
 そして生まれつき、目の見えない妹の手を取り、江戸の町の季節を巡るお栄の温かみのある母性も素敵です。その声の出演を務める杏さんの声質の柔らかさからも伝わります。お猶と一緒に両国橋の上から行き交う人々を眺めたり、小舟に乗ったり、新雪を踏みしめ、道すがらに咲く冬の椿に一緒に触れたり。まるで、お猶と同じように江戸の何気なくも美しい町並みを、お栄からナビゲートされている錯覚に陥ります。アニメーションだから全てを再現できた、慈しみ溢れる江戸探訪を存分に楽しんで貰いたいところです。

 さらに、その姉妹関係に、父親である北斎も大きく関わってくるのにも注目。彼自身が持つ死生観から発せられる行動や発言は、実は娘であるお猶の影響が色濃く出ているのです。当然、その娘への接し方もお栄がお猶に対しての接し方とは、全く違ってきます。それが一体、どういう根幹からなのかは映画を観てのお楽しみというわけですが、<お栄とお猶>という仲の良い姉妹、そして<北斎とお猶>という特異で奇妙な親子、その対比の素晴らしさは正直に言って、杉浦さんの原作以上の掘り下げがある、と筆者は感じています。無論、それは監督と脚本の丸尾みほさんが考えたオリジナルエピソードを、原作のエピソードにリスペクトしつつ、見事に突き刺していった功績ではありますが、「映画だからこそ、自分なりの百日紅の着地点を決めなければいけなかった」とまで仰られた原恵一監督に偽りは無いと理解して頂けるのではないかと思います。

 あっという間の90分。しかしながら、本作から得られるものはあまりにも濃密かつ多いです。きっと御覧になった方、それぞれの脳裏に様々な江戸の情景が浮かび上がることでしょう。「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」とは贅沢なタイムトラベルです。映画はお金の掛からない世界旅行とはよく言われますが、本作もまた例外にあらずです。または、今まで知る由も無かった、全く新しい切り口の人間ドラマであります。それは先述の関係性もそうですが、現代に住む我々との距離感を微塵も感じさせない人間臭さが新鮮だからと言えるのかも知れません。そして随所に、原恵一監督らしい思い切りの良い、大胆な構図と演出が散りばめられています。ご安心ください。本作も変わらず、過激に映画してます!
 
 是非とも皆様、5月9日からは劇場にて、緻密で、艶やかな世界へ、飛び込んでみてください。そして、あなただけの江戸を存分に持ち帰ってみてください。どうぞ、宜しく御願い致します。


高橋


「百日紅 ~Miss HOKUSAI~」公式サイト