昭和55年4月に、心身喪失者で無罪となった刑事補償の決定に印鑑を押したことです私が、昭和55年4月に、大阪地方裁判所第3刑事部に配属になったときの初仕事は、機械的な勾留延 長の他、心身喪失者で無罪となった刑事補償の決定に印鑑を押したことです