この時の私は何も知らなかった






中学校では、

どうかいじめのターゲットにされませんように”

そんな願いを胸に入学したけれど、

それは淡い期待で終わった。


無視され、悪口を言われ、


彼らの前を通るだけで笑われ、

声を出せば馬鹿にされた。


2人組になってください”——

あの言葉が本当に嫌いだった。

私と組んでくれる人はいつもいなくて、

だいたいは先生とペアだった。


私はまた、一線を引かれていった。

静かに、でも確実に、孤独が深くなっていくのを感じた。



中学校は心も身体も大人になり始める時期

言葉や態度の重さが、そのまま

心に突き刺さってきた

学校へ行くことさえ、しんどくなった。




それでも私は、

いじめに負けたらだめ

そう自分に言い聞かせて、泣きながらでも学校に通い続けた。


私にとっての居場所は、支援学級だった。

そこにいる仲間たちだけが、私の友達だった。


それでも、”つらさ”は消えなかった。

中学3年生のとき、ついに不登校になった。

進路を決める時期になり、

私は私立の普通高校を選んだ。




家からは電車と徒歩で1時間20分。


新しい環境へのワクワクと、

またいじめられるかもしれない不安。

そのふたつが、胸の中で混ざり合っていた。


高校では変わらなきゃ

そう思った私は、無理して明るく見せて、

自分から話しかけて、友達を作ろうとした。


でも、全然だめだった。

話しかけてもあまり相手にされず、


周りはどんどん友達を作って、毎日が楽しそうだった。

私はその輪に入れず、

また焦りと絶望が広がっていった。





そしてまた、

高1の中盤から高2にかけて不登校になった。





そんな私を連れ出してくれたのは、

明るくてポジティブな担任の先生だった。


学校においでよ!

何度もそう声をかけ続けてくれた。


その言葉に少しずつ背中を押されて、

私は学校へ行くようになった。

そしてそこで、2人の友達ができた。


休み時間に話したり

放課後にカフェへ行ったり

帰り道におしゃべりしながら歩く時間もあった。


これが、私が求めていた学生生活だったんだ。


無理に友達を作ろうとしなくても、

自然に合う人はきっと出会える

そう思えた時間だった。


つらいばかりだったはずの高校生活が、

最後にはやさしい思い出に変わっていた。






私は卒業後、就職の道を選んだ。



続きはまた次回✨️


人生はいつもいい方向に流れている。
あなたが笑っていられますように🪽