カルマという言葉というか概念は、分かるようで分からない、なにか漠然とした印象を持っていた言葉でした。あるとき、これを正しく認識できたような腑に落ちる説明を聞くことができたのでシェアさせて頂きたいと思います。
なお、説明は極力忠実に再現しているつもりですが、私の理解力の低さで正確でない部分もあるかもしれません。全体としての方向性は間違っていないと思いますが、一字一句の厳密さは気にされないようにお願いします。
ちなみに、「カルマ」の説明にはもれなくセットで「輪廻転生」のキーワードがついてきます。「カルマ」と「輪廻転生」は切っても切れない関係のようですので、その点の理解も深まれば幸いです。
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カルマと輪廻転生
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3次元という世界は皆様も十分体験しているように、目に見えず、物体として存在しないものは、「見えない」「感じない」、そして「愛を感じにくい」「想いを感じにくい」とも思われていると思います。そのため、相手の方が「どんなことを考えているだろう」「どうしたら喜んでいただけるだろう」と一生懸命考えて、皆様行動されてきたかと思います。
それぞれの方たちの間ではエネルギーの交流が行われているのですが、それを感じたとしても「見えない」こととされることで、皆様は目を隠され耳を隠され、そのような状態ですべて隠された状態で手探りで生きてきたのです。
「見えない」「聞こえない」という状態ですので、壁にぶつかるがごとく皆様失敗をしてしまったり、どなたかを傷つけてしまったりしてきたのです。また、傷つけているということも理解できないままにまた傷つけてしまい、そして寿命を迎えて肉体から離れたところで、すべての目隠しが取られた状態になり、この状態になって初めて自分は「周りの方にとても迷惑をかけてしまった」「とんでもないことをしてしまった」と気づかれるのです。その積み重ねがカルマであり、そのカルマを償おうと、また生まれ変わるのです。
ただ、また生まれ変わりますと、目隠しも耳栓もされてしまいますので、「目も見えない」「音も聞こえない」そのような状態にまたなってしまうのです。そして失敗を繰り返してしまうのです。それが輪廻転生の仕組みです。
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いかがでしょうか。
私はこれがとても腑に落ちました。
そして、幼い頃より善行に励む気持ちがどうあっても湧き出てくることに合点がいくのです。
・誰も見ていなくとも落ちてるゴミを拾ってゴミ箱に捨てる。
・困ってる人がいれば声を掛けてみる。
・相手が遠慮しない立ち回りでさりげなくサポートをする。
こういったことは私の場合は普段いくらでもあり、ほぼ日常茶飯事で当たり前の行動です。別に、修行しているつもりもないのに。おそらくは、私はこの様な善行を通してカルマを解消していってるんだろうなと思ったのです。そう思えば、自分は偽善者なのかと自問自答する必要もなく、ただ思う通りにすればいいだけのことです。小学生の頃は自分の思いに素直に行動していましたが、いつの頃からか恥ずかしさと偽善だと思うようになって素直に行動できないことが増え、最近になってやっぱりやっていいんだと思えるようになってまた行動できるようになった、という感じです。えらく遠回りして元に戻りました。
念のために書き添えますが、全部が全部、善行を行動できている訳ではありませんし、自分に余裕がないときにはスルーすることもありますので、そこは柔軟に読みとって頂けると助かります。
そして、さらに思いを巡らせて想像してみると、今世でアセンションを目指すのであれば、輪廻転生をする必要がない状態になる必要があるということではないかと考えられ、すなわち積んだカルマを全て解消する必要がある、ということになるのかなと思います。
ですので、他者をいたずらに傷つけている場合ではありません。また、悪魔に魂を売るようなことをしている場合でもありません。そんなことをしていたら、折角減らしたカルマをまた積んでしまうようで勿体ないです。
そこで行きつくところはやはり「感謝」なのかなと思います。
「今、私が在るのは周りのおかげです」
「様々な気付きを与えてくれる周りのおかげです」
「私は今、私の人生にあるすべての存在に感謝します」
日々、その様な気持ちに成れる様に在りたいと思った次第です。
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日常の送り方の一つの参考になりましたら幸いです。
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