今日は画像無しですが昔話をおひとつ

9/14は矢沢永吉さんの誕生日です。1949年生まれなので今年で62歳、現役ロックミュージシャンで日本で最も有名で今現在も最もパワフルなシンガーです。キャロル以外で初めて聞いたのは「時間よとまれ」小学5~6年生の頃でした。インベーダーゲームがやりたくて通ってたゲームセンターのジュークボックスから流れて来たその音楽に子供ながらにグッときたのを今でも憶えています。その後レコードを手に入れB面の「チャイナタウン」も気に入って良く聞きました。当時近所の床屋のお兄さんがどうやらファンらしく、床屋に行くといつも「アイラブユーO.K」を口ずさみながら髪を切ってくれました。中学生になると溜まり場だった家の友達の兄貴が改造車両集団走行愛好会、いわゆる暴走族で隣の部屋からいつも大音量の永ちゃんミュージックと共にゴム糊トルエンの香りと女性の喘ぎ声が...週末の夜ともなると何台もの車両がその家に集まり、ナイトクルージングに出向いて行きました。そんな訳で大人になっても暫くの間は第四種第一石油類系の匂いを嗅ぐと矢沢氏を思い出すサブリミナル効果が続きました。1984年17歳の高校3年生の夏休み矢沢氏がアルバム『E'』のツアーで旭川文化会館大ホールに来ました。友達が警備員のアルバイトをすると云うので替わってもらい、朝から機材搬入。昼食後に矢沢氏が会場に入りリハーサルを始めました。ドアの隙間から覗いてると後ろから警備員の偉い人に引っ叩かれました。コンサートが始まる前にアルバイトの警備員が整列させられ「これからお前達に気合いを入れる」と言い、アントニオ猪木的ビンタを一発づつ戴きました。入場者ボディチェックの際、次のコンサート案内のチラシを手渡す役目でしたが受け取り拒否もしくは「いらね」と言い放ちチラシが宙を舞う事数回。気の短かかった堀少年は「やめた」と言いチラシを一時放棄するも警備員の偉い人に睨まれ部署に戻りました。小柄な堀少年は後列の警備を命じられ、通路に鉄柵を構えましたがコンサートが始まり少しすると前の方で何やら怒声が。観客同士のケンカです。矢沢氏の注意する生声が聞こえると興奮を抑えきれず振り返ったそばから鉄柵が倒され観客の下敷きになりました。踏まれて苦しんでると会場が明るくなりコンサートが中断され矢沢氏が奥に引っ込みました。場内アナウンスが流れ会場が暗くなると永ちゃんコールで再び矢沢氏が登場しアコースティクギターで唄い観客を宥めました。コンサートが終わり観客が退けると機材撤収。いち早くステージに登り矢沢氏のスタンドマイクの白テープを剥がしてると「そこいいから向こう手伝え!」との指示。楽屋に忍び込み矢沢氏が吸ったと思しきマルボロの吸い殻を採取、ティッシュペーパーに包みポケットに入れ即退出。最後に報酬を貰う際、スタッフ用に着用した汗だくのTシャツとバイト代¥3000の交換条件でしたが、ずる賢かった堀少年は警備員の偉い人に上手い事言い、Tシャツとバイト代の両方を手にし愛車SUZUKI GN50チョッパー仕様で帰宅しました。その後、矢沢ファンの先輩にマイクスタンドの白テープとマルボロの吸い殻は没収されましたがTシャツは実家の何処かに今でも眠っている筈です。甘酸っぱい?青春の思い出でした。おしま~い