第六章 【涼子と安西】 その5
「君たちの今の状況をつくりだした原因は何だと思う?」
俺の問い掛けを涼子は真剣に考えていたが言葉が出て来ないようだった。
「それはヤクザでも石頭の親父でもない。全ての原因は君達の心の中にある」
「私達の心の中ですか?」
「そう、望ましくない状況を君たちは無意識に望んで、それが現実になってる。ただそれだけだ」
涼子は自分の記憶と心の中を振り返り答えを探そうと努力している様だった。
「どうも難しくって……もう少し詳しく教えて頂けませんか?」
「君たちは恋人の為に全てを投げ出し、言葉じゃなく行動で深い愛情を示してきた。自分の事しか考えない人間が多い中で、君たちだけは愛情の本質を体現してる……。でもそれは同時に相手の身になって考えてみれば自分の為に恋人の人生を犠牲にしたって事にならないか? そんな状況で、その後の自分が幸せになる事を許せると思う?」
「許せません」
涼子は俺の目を見据えてはっきりとした口調で言った。
「君たちはお互い『自分の幸せ』を望んじゃいない。その姿は、遭難した二人が一欠けらのパンを譲り合って衰弱していく様に似てる」
その言葉を聞き涼子は床に視線を落とした……。
「涼子さんいいか、俺が一つだけ請け合ってやる」
涼子は俺に視線を戻した。
「君たちは二人揃って幸せになれる。幸せに定員オーバーなんてねんだから」
「……本当ですか?……」
涼子の微かな声を聞き、俺は頷いた。
「本当だ。君たちは愛情に溢れてる。唯、一つの対象に固執するからそれ以外が敵になるんだ。その愛情を注ぐ対象を広げればいい。 はじめは、ちっちゃな自己愛が、母親、家族、恋人、仲間……やがては世の中全体を包みこむ。 それが理想的な愛情の育み方だ。そしてその愛を行動で示せば必ず幸せになれる」
呟くように涼子は言った。
「二人で……幸せに?」
「そう、二人で」俺はもう一度頷いた。
「その前に約束してくれ。もっと自分を大切にすると」
涼子は大きく息を吸い、その瞬間に涙が零れおちた……。
俺は目を逸らし、話し続けた。
「人って生きてるだけで空気吸って飯喰って……死ぬまでずっと消費を積み重ねてんだろ? だから生きてるうちにさ、皆、自分を成長させて借りを返さなきゃ駄目だと思うんだ。 悲しみや苦しみってのは借りが返せてないことに対しての戒めだと思う。 俺達はあらゆるモノの世話になって生きてんだから……例えば君の人生も君だけのものじゃない。だから決して人格を貶める事をしちゃいけない。 もっと自分を大切にしてまだまだ沢山借りを返さなきゃ駄目だよ」
涼子の押し殺した嗚咽が聞こえ、膝に落ちる涙の量が次第に増えていく。
それは今までの彼女の辛い思いを物語っていた。
またいつもの調子で喋った俺はその涙の意味がネガティブなものでない事を祈った。
「少し話聞いただけで、決めつけた様な物言いでごめんな。俺の悪ぃ処なんだ」
「いいえ」 涼子は上体を起し 「有難う御座います。堀渕さんに逢えて本当に良かったです」 と微笑んだ。