だそうです。

 

 

毎週月曜日視聴しているマネックス証券の

 

広木さんのマーケット展望で伺ったお話。

 

マネックスは3万円に予想を上方修正し、

 

記者発表、記者会見を行うとか。

 

楽しみです!

 

しかし、私自身、いくら何でもそこまで?

 

という気分ではあります。

 

長いこと、株はちょっと上がったらすぐに下がるもんだ、

 

という実感をもってきたので

 

2万2千を超えたニュース画面みても

 

いやに上がってきたな、いつ落ちる?

 

としか、思えない・・・思考の癖ですかね?

 

そんなわけで、たしかに、今回はこのまましばらく上がる気はするのですが、疑心暗鬼で買い進められず。

 

当然、売りもできず、の日々が続いてます。

 

 

でも、3万行けばうれしいですね~

 

 

思い起こせば、何もわからず若気の至りで株式投資始めたとき、たしか、日経平均4万手前だったはず。

 

そこから見たら、何十年もかかってまだ半分やっと。

 

日本株のその姿が異常かも?

 

バブル期の高騰もその後の低迷も。

 

私が海外の人なら、日本株ってよくわからないし

 

ちょっとお粗末だよな~と思うかもしれません。

 

 

だから、急いで上がらなくてもいいから

 

じわじわと3万円位にまでは戻ってほしい。

 

日本はまともな国のはずですから。

 

 

 

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画像は先週の新聞週間にちなんだ特集記事。

 

朝日新聞のものです。

 

 

2017101609061400.jpg

 

 

この写真画面は記事のトップで

 

富山市議14人辞職(驚きましたが)は地元の小さなテレビ局の調査、報道が発端だったという話。

 

 

そのほか、

 

森友、加計問題、

 

アメリカ大統領選トランプ王国、

 

ツイッターで取材公開という新たな手法でピュリッツァー賞受賞したワシントンポストの記者、

 

 

などなど、報道の送り手の奮闘を特集した記事でした。

 

 

マスメディアの姿勢はそれぞれだと思いますし、

 

役にも立たない、むしろ毒と思うものも多いですが、

 

少なくともこの記事に出てくる記者たちは、

 

事実を私たちに伝える努力をしていると感じました。

 

全ての新聞記事、テレビニュースがそうであってほしい。

 

偏ったことやいい加減なことは言わないでほしい。

 

 

 

世の中の仕組みが変化するにつれ

 

新聞、テレビ等の役割、

 

そして市民との距離感も変わります。

 

しかし、どんな時代にあっても、

 

メディアに煽られたり、流されたりすることなく

 

真実を見る目を持ちたい。

 

 

こんなことを考えたのは、

 

衆議院選挙のせいもあります。

 

今回、本当に何が何だかわからな過ぎて、

 

とても大事な分岐点だと感じるものの、

 

自分の確とした意見が持てなかった。

 

 

 

さて、市場の想定通り

 

自民圧勝となるのでしょうか。

 

それを織り込んでの連騰相場だったでしょうから、

 

違ってくると、市場はやや混乱するかもですが

 

その可能性は低いでしょうね~

 

 

 

 

ここんとこ、ずっと、ストッキングのこと考えてます。

↑読みようによってヤバイおじさんの告白のよう。

 

今日もまた前記事に輪をかけて

 

どうでもいい話。

 

重ね重ね恐縮です。

 

しかし、

 

どんなくだらないことにも、何かしら得るものはあり、

 

個人的には、考えてみて何かが前進した気分です。

 

パラダイムシフトかもしれません。

 

 

他の人も考えてるのかな?と、

 

「ストッキング履きたくない」で検索かけてみました!

 

どんなものにもそう相応の検索結果はあるものだけど

 

思った以上の数で驚き。

 

自分の不見識を改めて痛感。

 

10年以上前から賛否両論、あちこちで語られていたのですね。

 

これは、時代の変化を表しているものの一つかも。

 

 

女性が身を置く場が変化し、役割も多様化し

 

もちろん服装も変わり(スカート激減)

 

当然、意識も大きく変化しました。

 

ストッキングの辿った道は女性の辿った道と言えると思います。

 

そうそう、

ヤフー知恵袋にあった議論も面白かったです。

(万が一の際の身を守るために有効な手段とか)

 

 

 

私の年代だと、ストッキングを履かないでスカートを履くのは

 

すっぴんで出かけるくらいもぞもぞと落ち着かない感覚があります。

 

しかし、その感覚こそがまさに、ある一定の世代独自のものかも?

 

私は就職に際し、ストッキングとお化粧は身だしなみと教わり、

 

就職した企業でも身に着けるようにと社内配布の身だしなみ手引きで教え込まれました。

 

その当時の最低限の絶対的マナーだったようです。

(今なら一種のセクハラ?)

 

 

しかし、

 

そもそもストッキングに限らず、服装マナーなんて

 

ある一定の時代の非常に狭い常識で成り立っています。

 

以前朝ドラ「あさがきた」で遺族の喪服(着物)が

 

真っ白だったので驚きましたが、

 

喪服が黒いというのは意外にも歴史は浅いのだと気づかされました。

 

今、真っ白な着物でお葬式の遺族席にいたら、

 

心神喪失かと思われますよね(^^;

 

話それましたが、

 

ストッキング、、、、

 

教え込まれたマナーではあるけど、

 

その便利さも相まって(靴のと接触面が快適)

 

なくてはならないものとなっていたけど、

 

ふと、そんな思考の矯正ワイヤーを外すと

 

履かなくて済むなら履きたくないかも?

 

と思います。

 

ストッキングを通していろいろなものが見えてきて、

 

思考の整理にはスパイスになったものの、

 

ますます、わからなくなってきた感も。

 

足元問題、前進なのか?後退なのか?

 

まだまだ模索中。(^^;