東京株式市場の平均株価が史上最高値を更新したらしい。
今年に入ってから新NISAが導入されて投資家の裾野が広がったり、
要因は様々だろうが、でも一般庶民には実感が湧かないのがいつものことだ。
むしろ、身近なところから見ると、
日用品の物価は上がっていくし、こそこそ増税でなけなしのお金を搾り取られている。
実は株価が上がろうが暴落しようが、GDPが高成長になろうが景気が下火になろうが、
庶民たちは微妙な恩恵かムチかに翻弄され続けている。
その構造は不変なんだよね。
人間社会は進歩しているはずなのに、世の中の中枢を担っている人たちのなすがままで、
庶民はずっと鳥かご生活を強いられていたんだろうな。
そして、今後もそれは変わることがない。
人々は無力化の方向に進む中で、世の中の動きに無関心になり、
手近な幸せや刺激に目をとらわれざるをえない。
世の中の動きに反発する革命家のようなスタンスもあるし、
かつての私はそういう傾向にとらわれていたけど、
実はそこから生み出された世界って表裏が逆転するだけなんだよって気づいた。
それは歴史のなかで題材にされている「革命」の末路をたどるだけでも明らかになる。
政治や経済、社会の動きに無関心な人は少なくない。
とかく、私のまわりに少なくないスピリチュアル住民はそういう方が多かったりする。
そのためなのか、
意外と「どういう世界を自分のなかからつくっていきたいか」という発想力が弱い。
それはそもそもいま現実的に映されているあらゆる事象に目を背けがちだからかもしれない。
だから、ちょっとすっ飛んだ情報に飛びついて妄信してしまう傾向にあるようだ。
無関心はかえって社会の鳥かごを素材を強化していく。
最近そのことはつくづく感じる。
ただし、逆に世の中に噛みつき過ぎるのも同じだ。
「自分が創造主ならどういう世界をつくっていくか」
世の中の趨勢には目を向けながら、
自分はどうしたいか問い続ける。
こういうのが嫌だから、こういうのが好きだに気づける。
そうすることで、自分ならではのあり方が見えてくる。
そこにまつわる人が集まり、情報にもつながりやすくなる。
世の中には無関心ではなく、無関係になる。
すると、鳥かごの外から飛び立ちながら、
ときおり鳥かごの中に身を置きながら、
自分なりの小世界をつくっていける。