Hossy☆★Style  自遊人♪ただいま試運転中 -32ページ目

Hossy☆★Style  自遊人♪ただいま試運転中

毎朝1本とりあえず書き始めています★

身体の状態をチェック。

 

局所的にみると、

 

頭の疲れ

左耳の耳鳴り

鼻づまり

首のこり

肩こり

背中のはり

腰の右側の重み

 

まんべんなく不具合が散見される。

 

もう少し視点を上げてみると、

 

心臓周辺の滞り

 

ここ一点がクローズアップされてくる。

 

気道が狭いのか空気の出入りもいまいちのようだし、

そのため睡眠時のいびきがかなり出ているようだ。

いわゆる睡眠時無呼吸症候群かもしれない。

 

ただ、病院に行って治療するのか、

根本的な原因を改善することで日常生活の負担を減らしていくか。

いま両にらみで向き合っている。

 

チャクラでいうと、第4、5チャクラがエネルギーの循環を寸断しているのかもしれない。

 

そのため、グラウンディングも弱くなり、

頭もずっとぼぉっとしたままになってしまう。

 

全体像は見えてきた。

あとは改善していくだけである。

 

それこそ、私だけで解決しようとしなくて良い。

無意識領域にはたくさん情報があふれている。

 

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もう10日目か。続いているね。

書くこと自体は苦じゃないから、なんとでもなるよね。

 

でも、まだほんの数パーセントしか書きたいこと書いていないよね。

本当に書きたいことは言葉に出しづらいし、

「自分から自分へ」といった慣れ親しんだ文章でも、

思わず足踏みすることはある。

 

そここそに金言があふれているんだろうけどね。

 

あすからはもう少しざっくばらんに書いてみよう。

人間としての自分はほんの一部にすぎない。

 

私と認識している「自分」の選択や行動、言葉。

そのうち、どの程度反映されているのだろうか。

大半は無意識領域での自動反応によって生み出された創造物である。

 

そして、意識しているはずの選択、行動、言葉の数々も、

無意識から表層化したものが多い。

それらは脳の反応で生み出される。

 

私ができることはほんの一部。

でも、私は全部「自分」の面倒を見ようとする。

 

それが制限されたなかからの選択、行動につながると認識せずに。

 

 

私ができること。

 

脳の中に刻まれた固定概念を洗い出すこと。

 

私をどの方向へ導いていくか道しるべを明確に示すこと。

 

その道しるべに応じて固定概念を取捨選択すること。

 

固定概念に伴った思考回路にこびりついた感情を切り離すこと。

 

思考回路に定着していた感情を反芻しないように別の選択肢を探ること。

 

あとは、私以外の自分が役割を演じてくれる。

 

私は創造物を完成していく過程を見据えつつ、選択、行動をし続けるだけ。

 

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仕事を辞めて次のめどはついてないけど、不安は少ない。

 

収入源が断たれてお金は入ってこないけど、心配していない。

 

唯一の懸念材料は健康かな。

 

幼少の頃から、身体がすっきりしたことはなかった気がする。

 

人間の身体に入ることをずっとごねていた感じ笑

 

それはいまも変わらないかも。

 

だからこそ、身体と霊魂の一体感を持つのに苦心してきたかもしれない。

 

子供の頃からずっと胃は重かった。

高校生で胃潰瘍になってしまったもんな。

そして、お腹に力があまりこめられない。

腹が据わっていない。グラウンディングしづらかった。

ふわふわしていた。

 

いまは左上半身がきつい。

おそらく40代に入ってからしんどくなっていった。

40代は感情の解放が激しい時期だった。

そのとき連動して首の不調が激しくなっていった。

いまでもそれは続いているので、まだ未完なんだろう。

 

最近感じるのは、それぞれの不調は遺伝で引き継いでいる。

胃腸の不調は父方、上半身の重みは母方。

 

そして、象徴的なのは心臓や喉、首あたりでエネルギーが滞っていることだ。

つまり、父方と母方のエネルギーが分断されているのだ。

それは私の内側の父と母の分断を招き、それを引き継いだ男性性と女性性の分断につながっている。

 

男性性と女性性の分断については、私のテーマである男性性と女性性の統合のきっかけとなっている。

そして、男性性と女性性の統合は、私の今後の人生の基盤になっていく。

 

身体に出ている症状は、分断から統合へ向けた証しともいえる。

統合を目指す霊魂に対して、身体は自らを守ろうとする。

統合したら自らが「死」を迎えるからだ。

 

今月、母方の墓参りに行き、来月には父方の墓参りのため大分に出かける。

そして、夏至には白山信仰の創始者である泰澄大師ゆかりの山に登りに行く。

 

これは一つのアクションにすぎないが、連動して内なる統合に向けアプローチを続けていく。

 

そして、次なる道が開けてくる。

 

 

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とりあえず、気の赴くままに書いてみた。

やはり、書く立場からみるとそのスタイルがやりやすい。

でも、決して書きたいことを書いているのではなく、

自分のなかでコントロールしているのも分かる。

 

本当に伝えたいことであったり、大切にしていることは、

なかなか出せないものである。

 

そこを踏まえて、続けていく。